西岡常一という宮大工がいます。宮大工として昭和の法隆寺の伽藍の修復に従事し、のちに薬師寺の白鳳伽藍の再建に尽力した人物です。
彼は結構本を出していて、宮大工としての心構えであるとか、飛鳥時代の大工がいかに凄くて後の大工がクソであるかを延々と語っていました。
んで、僕は西岡の本を読みましたが、まあ、1ミリも共感できませんでした。
僕は西岡みたいに、昭和の時代に飛鳥時代の建築を建てて得意がっている人は超嫌いです。彼にとっては飛鳥~奈良時代に造られた法隆寺の西院伽藍が絶対的な存在で、例えば室町時代に造られた東院伽藍の回廊などはクソであるという。
一方で、日光東照宮は芸者みたいであり、あんなもん建築ではないとディスっている。この考え方って、西岡が嫌う鉄筋コンクリート造の建築を推進した、昭和初期のモダニズム建築の人たちの影響をモロに受けているんですけどね。
結局西岡が、特定の時代の特定の建築をありがたがり、偏った建築の見方しかできないダサい人でしかありません。
そもそも、西岡の造った建築はとにかくつまらない。薬師寺の伽藍にしても、法輪寺の三重塔にしても、飛鳥~白鳳時代のパチモンみたいなものしか造っていないのだ。
それなら、五重塔を造れる力がありながら、明治時代に洋風建築を積極的に取り入れた、山形の庄内の高橋兼吉の方が優れた宮大工だと思う。
高橋は、明治初期に和の中に洋を混ぜた数々の擬洋風建築を生み出し、しかもそれを独自の作風に昇華しています。宮大工としても優れ、デザイナーとしても実力があった。
西岡常一は飛鳥時代のコピー、というか劣化版みたいな建築を造っただけで、建築を進化させようという気概がない。だから嫌いなのです。
熊本地震で熊本城の石垣が崩れたとき、「後の時代に積まれた石垣が崩壊しているのに、加藤清正公の築いた石垣は崩れていない! 立派だ!」と言っていた人がいます。後で、まったく関係がなく、どの時代のものも崩れていることがわかりましたけど。
このように、「古い時代のものって、すごーーーい!」と言ってインテリぶる人っていつの時代もいますが、西岡はそれと同じタイプの人です。
それこそ、法隆寺や東大寺の建築をちゃんと見てみればいいんだ。 それぞれの時代ごとに様式が違いますよね。それはつまり、再建された時代に、最先端の技術や意匠を取り入れて、建築を進化させてきた証しなのです。
なのに、なんで昭和の時代に飛鳥時代のデザイン? 技術??
意味わかんないんですけど。
レプリカ造ってるだけじゃん。
建築を退化させているのかね?