頭のネジが手巻きで止まっている かがり美少女の中の人ブログ

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古都にモダニズム建築が調和できることを証明した「奈良県庁舎」

 

京都府奈良県は同じ古都でもまったく違う

古都に新しい建築を建てるときは、しばし景観問題が巻き起こります。

景観に厳しい都市といえば京都府を連想する人が多いでしょう。しかし、京都は戦後の「京都タワー」の建設までは、それほど景観にうるさくなく、むしろ“景観破壊”しまくりの建築をばんばん建設していました

三条通を歩くと、「旧日本銀行京都支店」など明治時代の赤レンガの洋館が数多く立ち並んでいますし、南禅寺の境内には琵琶湖疎水の「水路閣」を建設しています。京町家の隣に、昭和初期に完成したギリシャ神殿風の銀行が立っていたりします。こうしたごった煮感こそが、京都の魅力でもあります。

一方で、奈良県は古の平城京の時代への憧憬があるのか、頑なに古都にふさわしい意匠を追求してきた歴史があります。何しろ、令和の時代になった2019(令和元)年時点で、県内でもっとも高い建築は「東大寺大仏殿」なのです。江戸時代の建築が最高記録を一時している県は、他にありません。

興福寺の「東金堂」や「五重塔」などは室町時代の再建であるにもかかわらず奈良時代の復古調の意匠ですし、明治時代に入ると、1894(明治27)年に奈良公園の一角に完成したネオ・バロック様式の「帝国奈良博物館」(現:奈良国立博物館)が、古都にそぐわないと批判されました。

そのため、その後に竣工した初代の「奈良県庁舎」や「奈良ホテル」は、いずれも和風のデザインで建てられています。

 

▼建築家・片山光生の苦悩と明快な解決

さて、現在の県庁者は1965(昭和40)年の竣工で、建設省近畿地方建設局に所属していた建築家・片山光生の設計です。誰それと思う人が大半だと思いますが、建て替えが議論になったあの「国立競技場」の設計に携わった人、といえばわかりやすいと思います。

片山は県庁者の設計に当たり、相当悩んだに違いありません。何しろ、敷地の目の前は奈良公園です。コンクリートの庁舎をいかに溶け込ませるかが課題でした。これを片山は、伝統的な寺院の伽藍配置をヒントに解決案を示してみせたのです。

まず、敷地内を“ロ”の字状に低層棟で取り囲み、中心に中庭を設けました。そして、奥まった位置に6階建ての高層棟を置いています。この構成は東大寺と同じです。低層棟を回廊に見立て、高層棟はさながら大仏殿といったところでしょう。

低層棟の奥に高層棟を置けば、奈良公園から庁舎が目立たなくなります。そして、高層棟はそれぞれの階に外廊下と手摺を配し、屋上にシンボリックな展望塔を設け、五重塔を思わせるデザインでまとめあげました(鹿の頭をイメージしているという話もあります)。空間構成、そして細部の意匠に至るまで、片山の伝統へのリスペクトを強く感じることができます。

近年、景観に気を配るあまり、かえって周囲から浮いている建築を目にします。奈良県庁舎はモダニズムのデザインでも、建築家の力量次第で古都になじむ建築を造れることを示しているのです。

 

町おこしin羽後町

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