頭のネジが手巻きで止まっている かがり美少女の中の人ブログ

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京アニ事件、被害者の実名報道は行うべきである(追記)

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↑ 実名報道を肯定する人の元には、このような形でレスが来ている。マスコミの報道の姿勢と実名報道の問題を一緒くたにしてはいけない。それにしても、「知り合いの死の一報も入らないような程度の付き合い」など、読むに堪えないコメントばかりだ。純粋な気持ちで安否を知りたい人の想いを蹂躙するのはいかがなものか?

 

 

本稿を読む前に、前に私が京アニ放火殺人事件について書いた記事を読んでください。おおむね、( ↓ )こちらに言いたいことは書いていますし、重複する内容も多いのですが、前回の記事で書ききれなかった細かいことを本稿で補足しています。

 

 

ツイッターを見ると、多くの人がマスコミ憎しという感じで、マスコミを躍起になって叩いています。別に彼らがマスコミから直接的な被害に遭ったわけではないのに、ツイッター民は「遺族は公表を希望していないのに」という“正義感”で叩いているのです。

そもそも、実名公表は誰のためにするのでしょうか。マスコミの利益のためなのでしょうか。いいえ、違います

確かに、マスコミはその実名を元に、遺族のもとに取材に行ったりします。そうしてニュースを作って金を稼ぎます。実名報道反対という姿勢でヒステリックになっている人たちは、こうしたマスコミを許せないのです。マスコミが人の不幸で飯を食っていると映り、許せない、だから実名報道はダメだ・・・という人が大半でしょう。

しかし、マスコミ以上に、被害者の実名を知りたい人がいるのです。

それは、被害者の友人・知人・仕事上の関係者など、何らかの付き合いや交流があった人たちです。例えば、以下のような立場の人たちです。

 

 

・被害者と子どものころから友人だったけれども、進学によって疎遠になった。

 

京アニと縁のある企業の社員で、被害者と仕事でやりとりをしたり、飲み友達だった。

 

・被害者と京アニ時代に同僚だったが、退社してから疎遠になった。

 

 

こういう人たちは、純粋な思いで、安否を知りたがっているのです。私が知っている京アニと仕事で深い付き合いのあった人の元には、遺族からも、京アニからも一切連絡が来ませんでした。不安で1ヶ月、眠れなかったと言っています。実名が公表されないと、交友関係のあった人たちは現実を直視できません。いつまでも不安なまま過ごさなければなりません。

ところが、ツイッター民の意見は、極めて残酷、冷淡です実名報道を肯定する人に対して反論していた4人のツイートを抜粋して紹介します。

 

 

「知り合いの訃報を、事件からある程度時間が経った今、まだ知らなかったことがあるでしょうか? 知り合いだったとしたら、必ずどこかで知る機会があると思うんです」

 

「名前を知らなきゃならない知り合いの方にはもう連絡行っているでしょ?」

 

知り合いの死の一報も入らないような程度の付き合いの人間のために、身を焼かれる思いの遺族に再度苦しみを与えることがあって良いわけがないです」

 

「亡くなったことを知りえなかった? その程度の付き合いの人たちが楽にテレビで知れるために報道容認? アホかと」

 

 ※太字強調、筆者

 

・・・いくらなんでも、酷すぎませんか?

彼らは、要は知り合いなら情報がどっかのルートから手に入っているでしょ、だから実名報道は不要だと言いたいわけです。そして、情報が入らない人は被害者と付き合いが浅いということらしいです。

遺族が故人の人間関係を事細かに把握しているケースなど極めて稀だということを、どうもわからないらしい。仕事上の付き合いなんて、いちいち家族に日ごろから話しませんよね。家族の友人関係をすべて把握している家庭なんて、まず100%無いと言っていいです。だから、連絡がいかない人には、まったくいかないのです。

また、小学校時代に仲が良かったけれど、別の学校に進学したことで次第に連絡をとらなくなり、関係が疎遠になっている人は誰にだっていますよね。けれども、何十年と会っていなくても、遊んだり勉強したりした思い出は残っていますし、友情は永遠です。そういう疎遠になってしまった人たちは「知り合いの死の一報も入らないような程度の付き合いの人間」なのでしょうか?

SNSが発達し、ツイッターFacebook、LINEなど、様々な情報伝達の手段が発達しました。しかし、昔は親しかったけれどLINEのアカウントを知らない人って普通にいますよね。マスコミの実名報道は、SNSで繋がっていない不特定多数の人に届くため、安否を知る手段として効果的なのです。

2011(平成23)年に発生した東日本大震災でも、マスコミの実名報道によって、友人、知人の安否を確認した人がたくさんいました。マスコミのマイナスの側面ばかりに目を向けるのではなく、プラスの面をもっと評価すべきでしょう。

繰り返しますが、被害者と縁のある人が安否を知る手段として、実名報道は必要なのです。SNSは万能ではないんです。そして、被害者と何の関わりもない人が、「知り合いの死の一報も入らないような程度の付き合いの人間」だなどと言うのは、それこそ言葉の暴力であり、あってはならないことです。

このように、マスコミ叩きをしている人たちの頭からは、被害者と縁のあった人たちという存在が、すっぽりと欠落しています。「被害者の名前が報じられなくても誰も困らない」と言っている人たちは、要は、自分自身が、京アニや被害者と縁が無いから、そういうことが言えるのです。そりゃ困りませんよ。だって、そもそも関係が無いんだもん。

被害者と何の繋がりも無いあなた方が、正義感をもって実名報道を叩くことによって、純粋に被害者の安否を知りたい人たちが安否を知る機会を奪っていたのです。

前回のブログでも書きましたが、私は遺族のもとに押しかけてコメントをとろうとするマスコミの姿勢は強く批判します報道被害を生む根源として、許されないことだと考えています。こうした質の低い報道ばかりしていると、マスコミは壊滅するでしょう。SNS全盛の時代、一億総ジャーナリストの時代だからこそ、報道の質の向上が求められています。

ですが、繰り返しますが、質の低いマスコミの報道と実名報道は別の問題です。遺族の意志はもちろん尊重されるべきですが、被害者と親しかった人の安否を知りたいという思いも、同様に尊重されるべきだと思います。