かがり美少女の中の人ブログ

かがり美少女イラストコンテスト主催者の山内が、好き勝手なことを書いてストレス発散するためのクソブログです。最低最悪なクソな内容多し。「自己責任」で読んでね( ^ω^ )。商品を買ってくれると僕にお金が入るから、買ってね( ^ω^ )。たまに(いや、かなりの頻度で)嫌な感じのことを書きますが、ゆるしてニャン☆

説明を聞かないと解らないデザインはクソである

▼劣化の一途をたどる日本のグラフィックデザイン

戦後、日本のグラフィックデザイン界は大いに活気づきました。亀倉雄策田中一光など、20世紀を代表するデザイナーがたくさん生まれました。工業デザインの世界でも、剣持勇柳宗理渡辺力など、そうそうたる面々が知られています。

ところが、昨今の日本のデザイン界を見てみると、決して下手ではないのですが、突出して上手い、カリスマ的な存在がいない。明らかに高度成長期より劣化しています。

とくに、佐藤可士和などは微妙なデザイナーの典型でしょう。マスコミ受けが良く、日本国内、広告代理店などの中では評価されていますが、国際的な評価は得られていません

日本の漫画家や建築家は、世界的に認められている人がたくさんいます。しかし、グラフィックデザインにおいては、かなりのガラパゴス化が進んでいると思います。

 

佐野研二郎東京オリンピックロゴマーク

劣化の象徴といえるのが、2015年に選ばれた、佐野研二郎2020年「東京オリンピック」のロゴマークでしょう。

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↑ 懐かしい!!! 俺はこのブログを書くまでとっくに忘れていたよ(汗)。

 

発表された直後から、ネットを中心に「なんじゃこりゃ?」という声が多かったのですが、ベルギーにある「リエージュ劇場」のロゴマークに似ていると、デザインを行ったオリビエ・ドビからケチがつき、一気に評価が地に落ちました。

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↑「リエージュ劇場」のロゴマーク。正直、このデザイン自体がつまんないデザインで、微妙です(爆)。

 

比べてみると、似ている。というか、瓜二つです。丸の有無くらいしか違いがありません。

ただ、僕は佐野がパクったのではなく、たまたま似てしまったのだと思います。しかし、たまたまであっても、ここまで瓜二つに似たということは、結局のところ、佐野のデザインに創造性が無いということなのです。

 

▼オリンピックで、この程度の提案しかできないとは

話が少し逸れますが、オリンピックは、スポーツ競技だけが注目される大会ではありません。建築、ポスター、歌(テーマソング)など、オリンピックのために創られるものは世間の注目を集めます。したがって、芸術・技術の祭典でもあるのです。

1964年の東京オリンピックでは、歴史に残る作品がたくさん生まれました。建築では丹下健三の「代々木競技場」、デザインでは亀倉雄策ロゴマークやポスター、そして映画では芸術性の高さから議論を呼んだ市川崑監督の東京オリンピック」などは、その筆頭といえるでしょう。

とりわけ、代々木競技場は20世紀の建築界を代表する世界的な傑作であり、日本建築の歴史の中でも最高峰と言ってもいいものです。

そして、大会に合わせて建設された東海道新幹線首都高速道路などは、日本の鉄道・交通・土木技術の粋を集めたものでした。また、時計メーカーのセイコーは、オリンピックの公式計時を担当し、史上初めてノートラブルを実現しています。これがのちのクォーツ腕時計の開発に繋がったといえます。

さて、2020年大会のエンブレムを、1964年大会に生まれた数々の作品と比較すると、明らかに劣っていると言わざるを得ません。世界的な注目を集める大会で、この程度の提案しかできないとは。僕が、日本のデザイン界が終わっていると思う大きな理由です。

 

▼小難しいデザインは要らない

話を戻しましょう。佐野は、パクリだという指摘に対して、「デザインに対する考え方が違う、似ていない」「東京の“T”と“円”を組み合わせた」「亀倉雄策がデザインした1964年大会のロゴマークのDNAを継承した」「赤い丸を心臓の位置に置き、鼓動をイメージ」などと、ぐじゃぐじゃと釈明しました。

なげーよ!!!!

てゆーか、最近は、あれこれ理屈臭い説明を聞かないとわからない、小難しいデザインがものすごく多い気がしませんか。そんなのはデザインではなく、デザイナーのオナニーに過ぎないのです。

デザインは本来、そういうものではありません。わかりやすさを意識しないといけないのです。ましてや、国際的なイベントであるオリンピックのロゴなど、誰がどう見ても一発でわかるような明快なものが求められます。

亀倉雄策がデザインした1964年大会のロゴは、文句なしで傑作です。誰がどう見ても日本で開催されるイベントだとわかるし、デザインに力強さが感じられます。

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↑ 亀倉雄策がデザインした1964年大会のロゴ

 

一方の佐野のデザインは、あれこれコンセプトを説明してもらわないと、何なのかよくわからないわけです。そんなものはクソ以外の何物でもありません。長ったらしい説明が必要なデザインは問答無用でダメです。だって、見る者に伝わっていないのですから。そういうデザインは、デザイナーの仲間内のオナニーに留めておいていただきたいものです。

そういえば、佐野を擁護したデザイナーが、「デザインのネタは出尽くしているので、コンセプトが重要」とか言っていました。

はあ? ネタが出尽くしている??? んなわけねーだろと思います。それは自らの無能さを告白しているだけじゃん。いくらでも、発掘されていないデザインのネタはあるのです。

 

▼デザイン界の体質が問題なのか

さて、佐野のパクリ疑惑が話題になっているとき、ネット上にどう考えてもプロのデザイナーの仕業としか思えないような、クオリティの高いコラ画像が大量にupされました。

ネット上に落ちているものを無断で引用して、紹介します。

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例えば上記の画像は、長嶋りかこ、高崎卓馬などの仲間内で仕事が回されているという業界の体質を皮肉ったものになっています。長嶋も高崎も微妙な仕事しかしない人たちですが、こうした一連の騒動から、業界の在り様について疑問を持っているデザイナーが、少なからずいることが明るみになりました。

広告代理店を中心にまわる、日本のデザイン界の体質が問題だという声もあります。

 

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ただ、デザインの世界も今後、変わらざるを得ないでしょう。今はインターネットで自由にデザインを発表できるようになっているためです。こうした環境の下で、日本のデザイン界の閉塞感を打破するような、若いデザイナーが生まれてほしいなと、僕は強く願っています。

 

亀倉雄策のデザイン

亀倉雄策のデザイン

 
佐野研二郎のWORKSHOP

佐野研二郎のWORKSHOP