かがり美少女の中の人ブログ

かがり美少女イラストコンテスト主催者の山内が、好き勝手なことをつぶやいています。最低最悪なクソな内容多し。今流行っている「自己責任」で読んでね( ^ω^ )。だから、たまに(いや、かなりの頻度で)嫌な感じのことを書きますが、ゆるしてニャン☆

新興宗教のライバルは、ネトゲ、アイドル、既存の宗教

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▼座談会が“敬老会”と化している

大学時代は独自に新興宗教の研究をしていたので、創価学会の座談会を冷やかしで見に行くのが趣味でした。

10年くらい前ですが、都市部はまだ若い人がそこそこいるのですが、田舎だと老人しか参加しておらず、座談会が敬老会のようになっていました。

信者に聞くと、現在はもっと若者の数が減っているそうです。創価学会を例に出すまでもなく、戦後に急成長した新興宗教高齢化が進んでいるのです。

創価学会の場合は、信者の世帯数が約827万軒のまま、10年以上、いや、もっとですかね・・・とにかく変化していません。発明件数が約3000件以上のまま一向に増えないドクター中松のような奇妙奇天烈な現象ですが、要は、新しく入る会員が減っているのでしょう。

 

▼若者が新興宗教の代わりに信仰するもの

最近、ある新興宗教の熱心な信者と話をしたとき、こう言われました。

うちのライバルは、ネトゲアイドル既存の宗教だよ

曰く、若い信者はネトゲには課金するけど、宗教には課金(お布施)してくれない。宗教の重要な会合があっても、そのタイミングでネトゲのアイテムがもらえるイベントがあればそっちを優先するアイドルのコンサートがあればそっちを優先する・・・のだそうです。

彼は、ため息をついてこう言いました。

「萌えキャラとアイドルが、今の若い人たちの信仰の対象と言っていいですよ」

「うちの会合があったのに、若い奴らはそれを無視して吉●裕行のイベントに行ったよ」

「山内さん、どうすれば若い人が宗教活動に参加してくれますかね???」

・・・知らんがな(爆)。

 

▼既存の宗教が若者の心をとらえた

そもそも、若者が宗教活動に消極的なのは、自分の意志で入るのではなく、親が信仰していたので勝手に入信させられた例が多いためでしょう。創価学会の場合はそれが顕著で、二世、三世の信者ほど、活動に熱心ではないといわれます。

さらに、新興宗教離れに追い打ちをかけたのが、既存の宗教です。いわゆる鎌倉時代以前の仏教や、神道のことを指します。

「日本人は宗教に関心がない」と言う人がいますが、それは事実ではありません。明治神宮伊勢神宮成田山新勝寺などはいつ行っても混雑している、世界屈指の聖地です。正月だけで何百万人も参拝者を集める聖地は、世界でもそうそうありません。

これらの最大のメリットは、入信せずとも、手軽にお参りできる点です。既存の新興宗教はあれはダメ、これはダメ、これは拝んじゃダメみたいな、うるっせー会則がテンコモリでした。最近話題になっている、「下着は白以外認めません!」みたいなブラック校則に近いものがあります。

そうしためんどくさい信仰とは異なる、ゆる~~~い昔ながらの寺院や神社が、若者の心をとらえているのです。

御朱印集めは空前のブームになっています。3週間前に僕が京都の東寺に行ったときは、御朱印のコーナーにコミケの中堅サークル並みの列ができていて、びっくりしました。伝統宗教はそれまで寺院に縁のなかった若者をも引き付けているのです。

 

新興宗教も変わらなければならない

新興宗教・・・とは言いますが、創価学会ですら、2020年で創立90周年を迎えます。もはや伝統宗教の領域に入っているといえます。そして、こうした宗教はあらゆるシステムが、今の時代に合ったものになっていません。

例えば創価学会の場合、座談会といって、信者の家を会場にして月一回くらいのペースで信仰体験などを話し合う会が催されます。いくら同じ信仰をもつ相手とはいえ、自分の家に他人を上げるのを躊躇する人は多いはずです。ましてや、家の中に抱き枕やエロ同人誌が山積みになっていたりしたら、絶対に嫌でしょう。

たいてい座談会は夜に開催されますが、今の時代、夜に働く人も増えています。そういった人たちは参加できないでしょう。

新聞は既にメディアとしてオワコンですが、創価学会聖教新聞を購読しなければいけない(一応、断ることもできます)。新聞なんてタダでさえ読まないのに、なんで宗教活動のために新聞をとらないといけないのか? 荷物になるのでゴミに出すのもめんどくさいですよね。

そういうシステムが旧態依然のままなので、若者が離れていくのは必然なのです。

人間革命ならぬ、システムの革命をしないと苦しいところですが、まあ今の創価学会の首脳はそんなことをやる気概がある人はゼロでしょう。そして、それは創価学会に限らず、他の新興宗教にもそっくりそのまま当てはまることなのです。

 

創価学会がつまんなくなった原因

このブログを書いていて思ったのですが、かつてはあれだけ熱心に研究していた新興宗教に、僕はさっぱり興味がなくなっています。

考えてみたのですが、池田大作大先生が表に出てこなくなったことが、要因の一つだと思っています。やっぱり、強烈なカリスマがいないと、面白くないのですね。ロレックスがなくなると時計業界がつまんなくなるのと同じです。創価学会がいかに一人のカリスマに依存していたのかが、わかると思います。

そう考えると、若者の宗教離れは理解できます。創価学会の場合、池田大作大先生は日本中を回って、信者を激励しました。いわば、会いに行けるアイドルでした。会って握手などをした体験がある人の話を聞いたことがありますが、当時のことを鮮明に覚えていて、興奮気味に話してくれます。

ところが、今の若者は池田大作大先生に会ったことがないという人が多くなっています。ゆえに、このオッサンが偉い人だよとジジババの信者に言われても、リアリティが感じられないのです。

そうした会いに行けるアイドルというポジションを、AKB48などが担っているのです。そりゃ、若者の新興宗教離れは当たり前だよな、と妙に納得した次第です。

 

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