かがり美少女の中の人ブログ

かがり美少女イラストコンテスト主催者の山内が、好き勝手なことをつぶやいています。最低最悪なクソな内容多し。今流行っている「自己責任」で読んでね( ^ω^ )。だから、たまに(いや、かなりの頻度で)嫌な感じのことを書きますが、ゆるしてニャン☆

教科書に載らない江戸時代の仏像、実は凄い!

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▼注目されない“江戸時代の仏像”

葛飾北斎の展覧会が開催されるなど、江戸ブームが起こっています。江戸文化の再評価が進んでいますが、一方で、ぜんぜん評価が進んでいないのは江戸時代の仏像彫刻です。

日本史の教科書を開くと、仏像彫刻が紹介されるのは鎌倉時代まで。それ以降の仏像の記述はまったくといっていいほどありません。

国宝に指定されている仏像も、最新の作品は高徳院阿弥陀如来像(鎌倉大仏。これは鎌倉時代の造立です。室町時代以降の作品は、重要文化財に指定されているものすら極めて少ないのです。ちょうど先日、新しい国宝の指定が答申されましたが、いずれも奈良時代平安時代の仏像でした。

では、江戸時代の仏像って、大したことがないのでしょうか。いえいえ、そんなことはありません。注目度の低い江戸時代の仏像には、完成度の高い像が多いのです。

 

▼取材で知った江戸時代の仏像の凄さ

2017年、雑誌の取材で、弘前大学の須藤弘敏さんと一緒に青森県内の寺院を巡りました。円空仏の取材がメインでしたが、僕が引き付けられたのは、江戸時代に無名の仏師たちによって造られた仏像だったのです。

弘前周辺は多くの寺院がありますが、阿弥陀如来像に薬師三尊像… 本堂に安置される本尊のすべてが、優れた仏像ばかりでした。

須藤さんによると、その仏像の多くが江戸や上方の仏師によって造られたものだそうです。いずれもキリッと引き締まった精悍な顔立ちで、細部の造りも優れています。しかし、文化財指定されているものは稀でした。

須藤さんによると、江戸時代の仏像は完成度が傑出しているそうです。ただ、大量生産されたため作家性に乏しいこと、現存している数が多いため、あまり注目されていないとのことでした。

事実、Googleで「江戸時代 仏像」と検索しても、紹介するサイトはほとんど出てきません。研究者はいるようですが、研究が十分に進んでいるとは言い難いと思います。

 

▼江戸時代は仏像彫刻の黄金時代

日本史上、江戸時代ほど仏像が求められた時代はありません。

その大きな要因になったのは、幕府によって整備された檀家制度です。寺院に地域住民の戸籍管理など、役場のような仕事を負わせました。いわば国策の一環として寺院が建立され、仏像もその数だけ制作されたのです。

創価学会などは、いわゆる葬式仏教のルーツであるとして、この制度を批判しています。研究者からも仏教の形骸化を招いたなど批判はあります。一方で、檀家制度ができたことで、仏教が庶民の間に身近になったともいえるでしょう。

世界有数の都市に発展した江戸の街には多くの寺院がつくられました。さらに江戸はたびたび火災で市街地を全焼していますから、再建の都度、仏像の需要が生まれたのです。

江戸時代の仏師は、明治維新前後の廃仏毀釈で失われた名品の数々を見ることができましたし、仏像の修復に従事していた人もたくさんいました。稀にみる恵まれた環境にあったのです。技術力が上がらないほうが、おかしいでしょう。

大量生産の技術が確立され、仏師の数も多かった江戸時代は、仏像彫刻がおとろえるはずがありません。むしろ、仏像彫刻の黄金時代というべきなのです。

 

▼運慶よりも快慶、そして円空は無視

須藤さんによると、江戸時代の仏像は鎌倉時代の仏像をベースに、洗練させた造形が多いそうです。鎌倉仏師といえば運慶が知られますが、大量生産の像に影響を与えたのはむしろ快慶の作風だといいます。

運慶の仏像を見るとわかりますが、仏師というよりはアーティストです。作家としての個性が強すぎるため、受け入れられなかったようです。

また、円空仏は今では江戸時代を代表する仏像と評価されることがあります。しかし、当時はというと、子どもの遊び道具にされたり、祠の隅に置かれるなど、雑な扱いをされていました。円空は正規の仏師ではなく、素人。生み出すものが、人々がイメージする仏像とはかけ離れていたため、手厚く信仰されたものは稀でした。

秋田や青森は北前船で京都や大阪と結ばれ、様々な情報が入ってきていました。ゆえに、人々は都会的で質の高い仏像を求めました。

彼らの信仰心を満たしたのは、大量生産され、かつ洗練された造形の仏像だったのです。

 

▼江戸時代の仏像の評価が必要だ

僕が取材している建築の分野では、江戸時代の評価が少しずつ進んでいます。平成になってから富山県瑞龍寺の伽藍が国宝になったのを皮切りに、知恩院三門、長谷寺本堂、東大寺二月堂など、江戸時代に建立された建築の指定が進んでいます。

一方で、仏像の国宝ゼロは寂しいものがあります。

江戸時代は一揆こそ起こりましたが、国を揺るがす大きな戦乱がなかった時代です。平和を謳歌した人々は、整備された街道を歩いて各地の寺院に参詣に出かけました。

貴族などの特権階級のものだった仏教が庶民に広まっていったのは鎌倉時代ですが、仏教の真の大衆化が進んだのは江戸時代です。名もない仏師たちが造った仏像が、それに大きく貢献しているのです。

文化史的な意義も大きい江戸時代の仏像に、光が当たって欲しいと思っています。

 

見仏記 (角川文庫)

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仏像礼讃 (だいわ文庫)

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