かがり美少女の中の人ブログ

かがり美少女イラストコンテスト主催者の山内が、好き勝手なことをつぶやいています。たまに嫌な感じのことを書きますが、ゆるしてニャン☆

wikipediaの記述は、幻冬舎の見城徹社長が“絶賛”するほど高いレベルに到達した!

▼ 「日本国紀」はコピペのオンパレード!?

最近、幻冬舎のまわりがいろいろと騒がしいです。

GOETHEのダイナースの提灯記事が炎上したと思ったら、今度は創立25周年記念として出版した『日本国紀』(百田尚樹/著)で大量のコピペが発見され、ネット上で大きな騒動になっています。

日本国紀

日本国紀

 

このコピペっぷりが相当なものでして、論壇netなどで次々に検証記事が立ち上がるほどの大騒動になっています。wikipediaをほとんど丸写ししている箇所があったり、講談社学術文庫からの引用が発覚したりと、出るわ出るわ、疑惑のオンパレードです。

近年の出版史上、ここまでの大量コピペはあったでしょうか?

普通なら恥ずかしくて、店頭に並べてなんかおけないレベルです。

ところが、桜ういろうさんのブログを見ると、幻冬舎は5刷でこっそりと内容を大量に書き換えたうえで販売を続けているようです。初刷は欠陥商品であることを自ら認めてしまうかたちになりました。ところが、幻冬舎は初刷の交換には応じず、回収の予定は無いようです。

幻冬舎の対応は不誠実と思われますが、一方で、にしのあきひろさんの『えんとつ町のプペル』では、帯のちょっとした誤りで謝罪し、なんと帯の交換に応じています。これは出版社として模範的対応ではないでしょうか。しかし、明らかに『日本国紀』の方がやらかしていることがやばいのに、だんまりを決め込んでいるのです。

意味不明です。

ところが、修正も悲惨なものでして、5刷で修正した箇所がさらに間違ってしまって追加修正が必要になるなど、傷口を広げる一方になっています。このまま論壇netなどの指摘をもとに修正を続けたら、初刷とまったく別物の本が完成してしまいそうな勢いです。

幻冬舎の対応は企業として終わっています。

てゆーか、ここはもう潔く回収した方がいいと思うんですけどね。すいませんでしたと謝ればいいだけだと思うのですが。謝ることは百田さんをはじめ、幻冬舎見城徹社長のプライドが許さないのかもしれませんが、歴史的に、問題を先延ばしした企業はろくな目に遭っていないですよね。

百田さんと幻冬舎はいまこそ、歴史に学ばないといけないと思います。

 

 ▼ 見城社長がwikipediaコピペの文章を絶賛。これは何を意味するか。

コピペ騒動が盛り上がっている中、見城社長が自身の冠番組徹の部屋』に百田尚樹さんらを呼んで、トークショーを行ないました。

その中で、あろうことかほとんどwikipediaの引用でまとめられたコラムを絶賛しまくりました。

番組内で見城氏は「このコラムひとつひとつが面白いのね」「ジョン万次郎は奇跡だね」と当該コラムを激賞しています。

livedoor NEWSより引用 

さて、コピペを見抜けないなんて見城社長も大したことねーな、と思う人もいるかもしれません。しかし、僕は違った見方をします。wikipediaの記述は見城社長が賞賛するほど質が高くなった、これは既存の作家やライターにとっては危機ではないか・・・と考えてしまうのです。

見城社長は自著のなかで、大作家の原稿にめちゃくちゃ朱字(修正)を入れたことをたびたび武勇伝として語っています。超体育会系でプライドの塊のような方ですから、超売れっ子の百田さんといえども、ダメな原稿を上げてきたら容赦ないはずです。

そんな業界屈指の目利きである見城社長が認めるということは、wikipediaの原稿は相当な水準であるとみて差し支えないでしょう。見城社長は「日本国紀」を二晩徹夜して読んだそうです。読んで太鼓判をおしてしまうほど、(コピペ元のwikipediaが)良質な文章なのです。

wikipediaは立ち上がった当初は杜撰な記述も目立ちました。それが人々によって加筆が続き、どんどんクオリティが上がって、現在では立派に事典として使えるレベルになっています。

日本中、世界中の叡智が加筆・修正していますから、質が高くならないはずがありません。見城社長の高い評価も当然といえます。見城社長がいかに公正に文章を読んでいることがわかると思います。

 

▼ wikipediaに負けない原稿を書かないと、ライターの未来は無い!

僕がライターを始めた9年ほど前、wikipediaを参考にして原稿を書いたら、某大手出版社の編集者から「wikipediaは絶対に参考にするな」「あんなのを参考にするのはライターとしてクズだ」と叱責されました。

この編集者に言わせれば、百田さんは(以下略

しかしながら、今やwikipediaを参考にしていないライター、編集者なんていません。紙の辞書や電子辞書なんて、まず開かないでしょう。調べものがあれば真っ先にwikipediaに頼ります。そのくらい、情報のレベル、そして(見城社長が賞賛するほど)文章のレベルが上がっているのです。

wikipediaの記述を繋ぎ合わせるだけで、日本の通史が書けてしまう。ちょっと文章をいじって、有名な作家の名前を出せばベストセラーになってしまう。そうやって書かれた文章が実際に多くの読者の心を動かし感動させているのです。

不特定多数が創り上げた原稿が、プロの編集者を唸らせる水準に到達した。これは『日本国紀』に記述されるべき、歴史的な出来事です。

まさに一億総ライター、一億総ジャーナリスト時代の幕開けを象徴する出来事といえるでしょう。プロのライターは質の高い原稿を書かなければ、生き残れない時代になりました。

見城社長はそのことを僕たちに、自社の出版物と自身の番組で示してくれました。ひょっとすると、『日本国紀』の出版はそれが狙いなのかもしれません。

やはりカリスマ中のカリスマであり、業界の先端をいく存在なのです。見城社長にはこれからも業界をリードしていき、我々に刺激を与えていってほしいと願っています。

 

読書という荒野 (NewsPicks Book)

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