かがり美少女の中の人ブログ

かがり美少女イラストコンテスト主催者の山内が、好き勝手なことをつぶやいています。

「新国立競技場」はザハ・ハディドのデザインの方が良かった

「新国立競技場」の建設が着々と進んでいます。隈研吾氏のデザインは決して悪くないですし、時代を象徴していると思うのですが、個人的にはザハ・ハディドの案で進めてほしかったです。

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↑ ザハ・ハディド 案

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↑ 隈研吾 案

 

当時、審査委員長の安藤忠雄氏がめったくそに叩かれました。正直、マスコミに対する説明はあまりよいものではありませんでした。自称・良識派の方々はかなりキレていました。

しかし、ザハの案を選んだのは安藤氏の並々ならぬ熱意があったと推測します。

過去に、安藤氏は「京都駅ビル」のコンペで、あと一歩のところで選ばれませんでした。案としてはもっとも優れているものでした。ところが、「技術的な問題から施工が難しいのでは」という意見が出て、選ばれなかった経緯があります。

そういった意味でも、自身が審査員になった新国立競技場では、敢えて難しいザハの案を選んだのでしょう。「困難を克服し、日本の技術を使って実現してほしい」という、安藤氏の想いを感じ取ることができます。

 

▼技術革新につながる

僕は「サライ」2014年3月号で、新国立競技場コンペの審査員だった鈴木博之氏にインタビューをしています。

鈴木氏は、「時代を代表する建物を未来に残すことも、オリンピックの文化的役割だと考えています」「今回の計画案も一見すると奇抜に映るかもしれませんが、100年先もシンボルとして愛される」と話していました。

また、鈴木氏は「巨大なアーチを施工できる技術をもつ国は日本以外になく、モノづくりの神髄を発信する契機になる」とも言っていました。

あまり意識されることがありませんが、日本のゼネコンの建築技術は、世界に誇るものです。マスコミによって、汚職ばっかりしているイメージが植え付けられていますが、とんでもありません。パラオに架けられた「日本・パラオ友好の橋」のように諸外国の支援にも活かされていて、多くの人の役に立っているのです。

建築の工事は、思うようにいかないことが多々あります。「瀬戸大橋」や「青函トンネル」などの世紀の難工事は、現場でトラブルが噴出しました。しかし、技術者たちは現場で改良し、乗り越えて、技術革新につなげてきました。

まさに、施工が難しいザハ案は技術革新にうってつけでした。覆されたことで、日本は大きなチャンスを逃してしまったのです。

 

▼悪しき前例を作った

最大の問題は、コンペで決まった案をひっくり返すという悪しき前例を作った点にあるでしょう。審査員によって選ばれた案を、世論がひっくり返せてしまう・・・という前例を作ってしまいました。

あのオリンピックのエンブレム(個人的にはカッコ悪くて好きではないのですが)にも言えることですが、とにかく一度決まったものなのだから、世論に迎合せずに押し切るべきでした。

奇抜なアイディアやデザインに反対意見はつきものです。パリの「エッフェル塔」や、京都駅前の「京都タワー」は、建設当初は文化人や市民を巻き込んだ大論争になりました。けれども、誰も文句を言う人はいなくなりました。要は、時間が経てば慣れるし、忘れるのです。

「お金がかかりすぎる」「仏教を冒涜している」「気持ち悪い」などの反対意見が大半を占めていた、せんとくん。決まったものだからとずっと推し続け、人気キャラに育て上げた奈良県の関係者は立派です。

今の日本は、みんな責任をとりたがりません。何か問題が起こると、責任のなすりつけあいです。「新国立競技場」の騒動は、こうした日本の悪しき部分が露呈しまくり、見るに堪えないものがありました。

 

▼後世に残す建築を造れ

昨今、建築家に対する風当たりが強まっています。使いにくく、金ばかりかかる建築を造っているというイメージを持っている人は少なくありません。

世論に迎合し、最初から金をかけずに無難なハコを造れば、確かに誰も文句を言わないかもしれません。しかし、そうした無難なハコは人々に愛されるものになるでしょうか。街の宝として、後世に残るでしょうか。

姫路城にしても東寺の五重塔にしても、シンボルになっている歴史的建造物は、派手で、ダイナミックで、金をかけたものです。先の鈴木氏が言ったように、「時代を代表する建物を未来に残す」ことは、観光立国日本のためにも必要だと考えます。

ザハ・ハディドは「新国立競技場」の案が撤回された直後に急逝しました。もし実現していれば、世界的な建築家のザハの最後の作品になっていた可能性が高いです。そうなっていれば、世界中から観光客を呼ぶことができたでしょう。

隈研吾氏の建築は、果たしてザハを超えるものになるのでしょうか。