頭のネジが手巻きで止まっている かがり美少女の中の人ブログ

<注意事項というか義務! 本文を読む前にこの注意書きを5回以上読むこと!!!!!> かがり美少女イラストコンテスト主催者の山内がストレス発散するためのクソブログです。頭のネジが手巻きで止まっている人が書いていますので、最低最悪なクソのような内容ばかりです。したがって「自己責任」で読んでね( ^ω^ )。このブログを読んで不快になったり、便秘になったり、ウンコが下痢便になったりなどのトラブルが生じても、クレームは一切受け付けません。商品を買ってくれると僕にお金が入るから、買ってね!!

一色登希彦さんへ 水着グラビアが嫌なら、載っていない雑誌に描けばいいだけじゃん!!

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一色登希彦という漫画家が、ツイッターでこんなことを書いていました。

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これに対する私の考えは、「水着グラビアが載ってない雑誌に描けばいいだけじゃん」の一言で終わりです。

というか、なんで一色さんは編集方針を好まない雑誌に、原稿なんか載せてきたんでしょうか。水着が載っていない漫画雑誌なんていっぱいあるよ。本当、山ほどあります。

もしくは同人誌にしてコミケで頒布するというやり方もあります。

要は、漫画家はいくらでも発表のやり方はあるし、個人事業主なんだから、掲載誌は自由に選べるはず。にもかかわらず、自作が載っている雑誌が恥ずかしいなどと言うのは、掲載してくれた出版社に対しても無礼です。

そもそも一色さんがどういう経緯で、毛嫌いする水着グラビアが載っている雑誌に漫画を描くようになったのか、その経緯は知りません。ケースは2つ考えられます。

(1)編集部からうちに漫画を描けと依頼が来た

(2)自分から編集部に漫画を持ち込んだ

まず(1)の、一色さんのもとに編集部から仕事依頼が来たのであれば、そもそも嫌な雑誌、恥ずかしい雑誌なら、仕事断ればいいだけじゃねーか。簡単な話です。編集方針が自分に合わないと思う雑誌には描かないという信念を持っている漫画家は普通にいるぜ。

(2)のように、自分から編集部に持ち込んだとしたら、雑誌の編集方針なんて最初から分かっているはず。なんでそんな雑誌に持ち込みしたんですかね。意味わからん。

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それにしても、一色さん、水着グラビアを頑張ってやってる人に対して失礼極まりないと思いますよ。んじゃあ、おまえはどんだけ高尚で立派な漫画を描いているんだよ。傲慢極まりないですね。

あと、なんでもかんでも海外の基準で物事を考えるのは止めましょうね。こういうバカは決まって、日本は海外と比べて~~~という考えを持ち出す傾向にありますが、ウチはウチ、ヨソはヨソ、です。海外の基準にしたら、日本の漫画文化そのものが崩壊します。それでいいんでしょうかね。メシ食えなくなるぞ。

 

日本沈没 1巻

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日本沈没 2巻

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日本共産党を支持する奴らは、せめて党の歴史ぐらいは最低限勉強しろ!

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日本共産党は都合の悪いことは“でっちあげ”と見做す

この件はタイトルに書いてある通りなのですが、左寄りの人や、共産党大好きなババアなどと話すと、日本共産党が戦前にどんなことをやっていたのか知らない連中があまりに多くて愕然とします。

1932(昭和7)年に今泉善一らが首謀して起こした「大森銀行ギャング事件」とか、せめてそのくらいは知っておこうね。

1933(昭和8)年には「日本共産党スパイ査問事件」も起きています。戦後の共産党のドンである、宮本顕治が起こした事件ですよ。知らないのはヤバイです。

んで、案の定、共産党はこの事件を自分たちとは関係ない、と言っているようですけど(笑)、悪い奴らは、都合の悪いことはでっちあげだと言って隠蔽を図るんです。安倍晋三を隠蔽体質だと言っている連中が、もっと隠蔽体質なんだよね。そのへんをわからずに支持している連中ばっかりです。

 

治安維持法はなぜ必要だったのか

そもそも、なんで戦前に治安維持法(1925年(大正14)年制定)が必要だったのか、歴史的な背景をよくわかっていない人も多いです。

私は治安維持法が昭和に入ってから拡大解釈されていろんなことに適応されたことは極めて問題だと思います。一方で、当時の共産党がやっていたことや、1917年(大正6年)のロシア革命に端を発し、革命の風潮が一部に見られた社会背景を考えると、制定されてしまったのは止む無しとも考えています。

 

日本共産党 (新潮新書)

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日本共産党の研究(一) (講談社文庫)

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古都にモダニズム建築が調和できることを証明した「奈良県庁舎」

 

京都府奈良県は同じ古都でもまったく違う

古都に新しい建築を建てるときは、しばし景観問題が巻き起こります。

景観に厳しい都市といえば京都府を連想する人が多いでしょう。しかし、京都は戦後の「京都タワー」の建設までは、それほど景観にうるさくなく、むしろ“景観破壊”しまくりの建築をばんばん建設していました

三条通を歩くと、「旧日本銀行京都支店」など明治時代の赤レンガの洋館が数多く立ち並んでいますし、南禅寺の境内には琵琶湖疎水の「水路閣」を建設しています。京町家の隣に、昭和初期に完成したギリシャ神殿風の銀行が立っていたりします。こうしたごった煮感こそが、京都の魅力でもあります。

一方で、奈良県は古の平城京の時代への憧憬があるのか、頑なに古都にふさわしい意匠を追求してきた歴史があります。何しろ、令和の時代になった2019(令和元)年時点で、県内でもっとも高い建築は「東大寺大仏殿」なのです。江戸時代の建築が最高記録を一時している県は、他にありません。

興福寺の「東金堂」や「五重塔」などは室町時代の再建であるにもかかわらず奈良時代の復古調の意匠ですし、明治時代に入ると、1894(明治27)年に奈良公園の一角に完成したネオ・バロック様式の「帝国奈良博物館」(現:奈良国立博物館)が、古都にそぐわないと批判されました。

そのため、その後に竣工した初代の「奈良県庁舎」や「奈良ホテル」は、いずれも和風のデザインで建てられています。

 

▼建築家・片山光生の苦悩と明快な解決

さて、現在の県庁者は1965(昭和40)年の竣工で、建設省近畿地方建設局に所属していた建築家・片山光生の設計です。誰それと思う人が大半だと思いますが、建て替えが議論になったあの「国立競技場」の設計に携わった人、といえばわかりやすいと思います。

片山は県庁者の設計に当たり、相当悩んだに違いありません。何しろ、敷地の目の前は奈良公園です。コンクリートの庁舎をいかに溶け込ませるかが課題でした。これを片山は、伝統的な寺院の伽藍配置をヒントに解決案を示してみせたのです。

まず、敷地内を“ロ”の字状に低層棟で取り囲み、中心に中庭を設けました。そして、奥まった位置に6階建ての高層棟を置いています。この構成は東大寺と同じです。低層棟を回廊に見立て、高層棟はさながら大仏殿といったところでしょう。

低層棟の奥に高層棟を置けば、奈良公園から庁舎が目立たなくなります。そして、高層棟はそれぞれの階に外廊下と手摺を配し、屋上にシンボリックな展望塔を設け、五重塔を思わせるデザインでまとめあげました(鹿の頭をイメージしているという話もあります)。空間構成、そして細部の意匠に至るまで、片山の伝統へのリスペクトを強く感じることができます。

近年、景観に気を配るあまり、かえって周囲から浮いている建築を目にします。奈良県庁舎はモダニズムのデザインでも、建築家の力量次第で古都になじむ建築を造れることを示しているのです。

 

町おこしin羽後町

町おこしin羽後町

 

 

スポーツロレックスは高すぎる! 今こそデイトジャスト、デイデイト、オイスターパーペチュアルを買おうZE!!

 

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↑ アンティークのデイトジャストは、同年代のスポロレと比べるとかなり現実的で安い。このハイスペックな時計が30~40万円台で買えるのはかなりお買い得だ。写真=サテンドールのホームページより引用

 

▼デイトジャストはロレックスを代表する時計

「リアルロレックス」や「ロレックス完全読本」などのロレックス紹介本では、基本的に、デイトナ、サブマリーナー、GMTマスター2といったスポーツロレックス(通称:スポロレ)の紹介にほとんどのページが割かれています。

いわゆるドレスウォッチといわれる、デイトジャストやデイデイト、オイスターパーペチュアルなどの情報はほんのわずかしか載っていません。よって、正確にはロレックス紹介本と言うよりは、スポロレ紹介本とでもいうべきでしょう。

こういう本ばっかり読んでいたり、ツイッターデイトナランナーをフォローしている人の中には、「デイトジャストは不人気モデル」だと思い込んでいる人がいます。ところが、実際にはデイトジャストは全世界的に売れている時計ですし、どこの正規店でも数が出るのはデイトジャストなのです。

「正規店に行けばデイトジャストばっかりすすめてくる」と言っている人がいましたが、ロレックス側としては、自信をもって推しているのはデイトジャストであり、実際、買ってほしいんですよね。いわゆるロレックスの3大発明のすべてを搭載しているわけで、間違いなくロレックスを代表する時計と言っていいでしょう。

※ なお、前述のロレックス紹介本は、ロレックスが公式に監修している本ではないので、注意が必要です。

 

▼デイトジャストは最強のオススメ時計だ

昨今、ご承知の通り、スポロレの人気が過熱しています。デイトナやGMTなどは正規店ではお得意様に回るので店頭に並ばない。並行店に行けばプレミア価格であり、定価の2倍以上の価格で販売されているものもあります。

しかし、スポロレは並行店に数自体は豊富にあり、売れていますので、毎日電車に乗っていると2~3人は必ず見かけます。ですから、非常に人とかぶります。僕は雑誌のインタビューで経営者や芸能人によく会いますが、まあ、スポロレ、多いですね(笑)。

そんな今だからこそ、デイトジャストや、デイデイトオイスターパーペチュアルを買いましょう!

特に、私は1970~80年代のアンティークのデイトジャストをおすすめします。いわゆるRef:1601ですね。サテンドールや銀座ラシンとかに行くと、とにかく大量に品物があります。しかも同じ型番の時計でも、経年変化で文字盤が変色していたりして、それぞれの個体に個性があります

そして値段が何と30万円~40万円台で選べるのがポイントです。非常に現実的な価格で、予算と相談しながら選んで買うことができます。そして、中古で買ったこの時代のスポロレは日本ロレックスでオーバーホールをやってくれない例が増えてきましたが、デイトジャスト系なら問題なく受け付けてくれるので、安心ですね。

 

▼時計選びの醍醐味を味わおう

昨今のスポロレは、試着もせずに目当ての品が店頭に並んでいたら、掻っ攫うようにカードを切って買わねばならない状況です。こうした状況につかれている人、多いんじゃないですかね。ツイッター見ていると、実際に精神病んでいるっぽい人、結構いますけどね。まあ、どうでもいいけど。

そんなつかれたあなた。デイトジャストや、デイデイト、オイスターパーペチュアルに目を向けてみませんか。資産価値、レア度だけがすべてではありません! とにかく、デイトジャストなら選ぶ楽しさを満喫できます。これこそが本来の時計選びの醍醐味だと思います。

 

ゼロからわかる ロレックス アンティーク編 (CARTOPMOOK)

ゼロからわかる ロレックス アンティーク編 (CARTOPMOOK)

 

 

 

 

京アニ事件、被害者の実名報道は行うべきである(追記)

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↑ 実名報道を肯定する人の元には、このような形でレスが来ている。マスコミの報道の姿勢と実名報道の問題を一緒くたにしてはいけない。それにしても、「知り合いの死の一報も入らないような程度の付き合い」など、読むに堪えないコメントばかりだ。純粋な気持ちで安否を知りたい人の想いを蹂躙するのはいかがなものか?

 

 

本稿を読む前に、前に私が京アニ放火殺人事件について書いた記事を読んでください。おおむね、( ↓ )こちらに言いたいことは書いていますし、重複する内容も多いのですが、前回の記事で書ききれなかった細かいことを本稿で補足しています。

 

 

ツイッターを見ると、多くの人がマスコミ憎しという感じで、マスコミを躍起になって叩いています。別に彼らがマスコミから直接的な被害に遭ったわけではないのに、ツイッター民は「遺族は公表を希望していないのに」という“正義感”で叩いているのです。

そもそも、実名公表は誰のためにするのでしょうか。マスコミの利益のためなのでしょうか。いいえ、違います

確かに、マスコミはその実名を元に、遺族のもとに取材に行ったりします。そうしてニュースを作って金を稼ぎます。実名報道反対という姿勢でヒステリックになっている人たちは、こうしたマスコミを許せないのです。マスコミが人の不幸で飯を食っていると映り、許せない、だから実名報道はダメだ・・・という人が大半でしょう。

しかし、マスコミ以上に、被害者の実名を知りたい人がいるのです。

それは、被害者の友人・知人・仕事上の関係者など、何らかの付き合いや交流があった人たちです。例えば、以下のような立場の人たちです。

 

 

・被害者と子どものころから友人だったけれども、進学によって疎遠になった。

 

京アニと縁のある企業の社員で、被害者と仕事でやりとりをしたり、飲み友達だった。

 

・被害者と京アニ時代に同僚だったが、退社してから疎遠になった。

 

 

こういう人たちは、純粋な思いで、安否を知りたがっているのです。私が知っている京アニと仕事で深い付き合いのあった人の元には、遺族からも、京アニからも一切連絡が来ませんでした。不安で1ヶ月、眠れなかったと言っています。実名が公表されないと、交友関係のあった人たちは現実を直視できません。いつまでも不安なまま過ごさなければなりません。

ところが、ツイッター民の意見は、極めて残酷、冷淡です実名報道を肯定する人に対して反論していた4人のツイートを抜粋して紹介します。

 

 

「知り合いの訃報を、事件からある程度時間が経った今、まだ知らなかったことがあるでしょうか? 知り合いだったとしたら、必ずどこかで知る機会があると思うんです」

 

「名前を知らなきゃならない知り合いの方にはもう連絡行っているでしょ?」

 

知り合いの死の一報も入らないような程度の付き合いの人間のために、身を焼かれる思いの遺族に再度苦しみを与えることがあって良いわけがないです」

 

「亡くなったことを知りえなかった? その程度の付き合いの人たちが楽にテレビで知れるために報道容認? アホかと」

 

 ※太字強調、筆者

 

・・・いくらなんでも、酷すぎませんか?

彼らは、要は知り合いなら情報がどっかのルートから手に入っているでしょ、だから実名報道は不要だと言いたいわけです。そして、情報が入らない人は被害者と付き合いが浅いということらしいです。

遺族が故人の人間関係を事細かに把握しているケースなど極めて稀だということを、どうもわからないらしい。仕事上の付き合いなんて、いちいち家族に日ごろから話しませんよね。家族の友人関係をすべて把握している家庭なんて、まず100%無いと言っていいです。だから、連絡がいかない人には、まったくいかないのです。

また、小学校時代に仲が良かったけれど、別の学校に進学したことで次第に連絡をとらなくなり、関係が疎遠になっている人は誰にだっていますよね。けれども、何十年と会っていなくても、遊んだり勉強したりした思い出は残っていますし、友情は永遠です。そういう疎遠になってしまった人たちは「知り合いの死の一報も入らないような程度の付き合いの人間」なのでしょうか?

SNSが発達し、ツイッターFacebook、LINEなど、様々な情報伝達の手段が発達しました。しかし、前述のように、昔は親しかったけれどLINEのアカウントを知らない人って普通にいますよね。マスコミの実名報道は、SNSで繋がっていない不特定多数の人に届くため、安否を知る手段として効果的なのです。

2011(平成23)年に発生した東日本大震災でも、マスコミの実名報道によって、友人、知人の安否を確認した人がたくさんいました。マスコミのマイナスの側面ばかりに目を向けるのではなく、プラスの面をもっと評価すべきでしょう。

繰り返しますが、被害者と縁のある人が安否を知る手段として、実名報道は必要なのです。SNSは万能ではないんです。そして、被害者と何の関わりもない人が、「知り合いの死の一報も入らないような程度の付き合いの人間」だなどと言うのは、それこそ言葉の暴力であり、あってはならないことです。

このように、マスコミ叩きをしている人たちの頭からは、被害者と縁のあった人たちという存在が、すっぽりと欠落しています。「被害者の名前が報じられなくても誰も困らない」と言っている人たちは、要は、自分自身が、京アニや被害者と縁が無いから、そういうことが言えるのです。そりゃ困りませんよ。だって、そもそも関係が無いんだもん。

被害者と何の繋がりも無いあなた方が、正義感をもって実名報道を叩くことによって、純粋に被害者の安否を知りたい人たちが安否を知る機会を奪っていたのです。

前回のブログでも書きましたが、私は遺族のもとに押しかけてコメントをとろうとするマスコミの姿勢は強く批判します報道被害を生む根源として、許されないことだと考えています。こうした質の低い報道ばかりしていると、マスコミは壊滅するでしょう。SNS全盛の時代、一億総ジャーナリストの時代だからこそ、報道の質の向上が求められています。

ですが、繰り返しますが、質の低いマスコミの報道と実名報道は別の問題です。遺族の意志はもちろん尊重されるべきですが、被害者と親しかった人の安否を知りたいという思いも、同様に尊重されるべきだと思います。

 

秋田県の駅前は衰退したが、郊外は発展し、便利になった

 

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秋田県は衰退したというけれど

地方活性化の問題を秋田県で議論すると、多くの人が「秋田県は衰退した」「都市と様々な格差が広がっている」と言います。本当にそうでしょうか?

僕は格段に発展したと思っています。「秋田県が衰退した」と言っている人たちは、駅前の商店街がシャッター通りになったことを理由に挙げます。

ですが、そのぶん郊外が発展しているのです。10年前とは比べ物にならないくらい、いろいろな店ができて、便利になりました。

 

▼郊外の飛躍的な発展

やはり、天下のイオン様が秋田で頑張っていることが大きいでしょう。セブンイレブンはできたし、コメダ珈琲店もできたし、いきなりステーキもできたし、都会にある店が軒並みできました。郊外のロードサイドにはファミレスもたくさん林立しています。大手のチェーン店はほとんど秋田にあります。

店のバリエーションも豊富になりました。20年前には考えられないほど、安く、品質のいい服が秋田で買えるようになりました。

僕が学生の頃は、「秋田には〇〇がない!」と嘆くことは多かったけれど、今は東京の流行がリアルタイムで流れ込んでくるようになりました。

これは劇的な発展であり、文化格差が大きく解消されたと考えています。

 

▼若者を繋ぎとめているのは郊外の店

そもそも、「駅前商店街を守れ」と言う奴に限って、商店で買い物なんかしていません。さらに、秋田県秋田市が行う駅前の都市開発はまったく消費者目線、利用者目線に立っていないものばかり。そりゃ、郊外に流れるのは当たり前なのです。

秋田県在住の漫画家・こばやしたけしさんが以下のようなツイートをしています。

これは同感です。郊外の店の発展が、若者を地方に繋ぎとめているのです。

三浦展のように、郊外に都市の中心が移ることをファスト風土と呼んで批判する人がいます。しかし、単に駅前から郊外に街の中心が移っただけですよね。何が深刻なのでしょうか。

徒歩で移動する人のニーズに合った江戸時代の宿場町が鉄道の開通で寂れて駅前に街が移り、今度はクルマ社会の到来で郊外になったのです。都市の中心部の移り変わりなんて、歴史的には何度も繰り返されていることの一つに過ぎないのです。

 

ファスト風土こそが地方の理想郷である

かつて、羽後町でもイオンのショッピングセンターが出店する際には、西馬音内の商店街を中心とした反対運動がおこりました。

しかし、当時から既に羽後町の人々は湯沢市横手市ジャスコ(現:イオン)で買い物をするスタイルが確立されていたため、西馬音内の商店街がどうなろうとも困らなかったのです。

そもそも、利便性でもサービスでもすべてが劣る商店街の店が衰退するのは、仕方ないと思います。だってイオンの方が便利だし、なんでもあるんだもん。消費者が良いものを選んだ結果、郊外が発展したのだと思います。

僕は、ファスト風土と揶揄される郊外の風景こそが、地方の人々が望んだ理想郷だと考えています。

 

町おこしin羽後町

町おこしin羽後町

 

京都アニメーション放火殺人事件 被害者の実名公表の是非について考えたこと

 

 

まず最初に私の立場を表明しておくと、基本的に事件の被害者の名前は公表されるべきだったという考えです。

この一文を見ただけでヒステリックになる人がいそうですので、もうこの時点で私と考えが合わないという人は、このブログを閉じてください私はあくまでも冷静に書いていこうと思っています。

 

 

▼マスコミの報道の在り方が議論になっている

2019(令和元)年7月18日に発生した京都アニメーション放火事件京アニ八田英明社長代理人は、早い段階から被害者の名前を実名で公表せず、匿名にするようにと要望しました。また、京都府警察に対して、実名の公表をしないようにと署名運動を起こした人たちもいます。

そして今日、8月27日、すべての被害者の実名が公表されました。このことに対し、賛否様々な立場から意見が噴出していますが、ネット上では「否」の意見が多いようです。

ツイッターなどを見ていると、マスコミに対するバッシングが巻き起こっています。現に、今回の事件では、まだ事情聴取に至っていない加害者の青葉真司が事件を起こすに至った動機だけでなく、マスコミの報道の在り方についても大きな議論になっています。

曰く、マスコミが被害者の遺族に対して、執拗に取材をしているというものです。遺族を名乗る人がツイッターに登場し、報道被害を訴えている例もあり、この意見を支持する声も多いです。マスコミは被害者の名前を報道するなら、記者の名前や電話番号も公表されて当然だろと激怒している人もいました。

このように、「マスコミが許せない。遺族を守るためにも匿名にすべきだ」という世論が醸成されている印象です。

 

▼実名を知りたい人が知れていなかった

真っ先に責められるべきは、マスコミの取材のやり方です。お涙頂戴な場面を作るために遺族を執拗に追いかけまわしたり、コメントを貰うために自宅の呼び鈴を何度も鳴らしたりするのは論外です。あまりに傲慢ですし、報道被害の最たるものです。こういう手法には断固として反対します。

そのうえで、私はあくまでも実名は公表するべきだと考えます。その理由は明確で、実名を知りたくても知れずに悩んでいた人もいたからです。その筆頭が、京アニ被害者と仕事で関わりを持っていた人です。純粋な気持ちで、せめて安否だけでも知りたいという人はたくさんいるのです。

何を隠そう、私の知人には京アニと仕事したことがある人、かつて同社に勤務していた人がいます。話を聞くと、一部の人には安否情報が伝わっていましたが、遺族からも、京アニ側からも、一切届いていないという人もいました。うち一人は、安否が分からないせいで寝れない、自分は何をすればいいんだろうと苦悩していました。

実はこうした被害者の安否がわからないまま1ヶ月を過ごさねばならなかった、被害者の友人・知人・関係者も、遺族同様に苦しんでいたのではないでしょうか。

2011(平成23)年に発生した東日本大震災では今なお数千人が安否不明です。安否不明者の家族や友人の中には、発生から8年を経ても、現実を直視できずに苦しんでいる人がいます。親しい人の安否がわからないのは不安ばかりが募り、相当なストレスなのです。

 

▼仕事上の人間関係は遺族は知らない

そして、こうした被害者の友人や関係者は、安否を知りたくても「実名を公表しろ」とは声高に言えません。遺族の気持ちを否定したくないという思いが強いからです。その一方で、親しかった人の安否がわからず不安になるという、いわば二重の苦しみを味わってきました。

ツイッターに「本当に大事な人には遺族から情報が伝わるから、実名は公表する必要がない」と書いている人がいました。果たして、本当にそうでしょうか

遺族が、仕事上の付き合いを詳細に知っているケースなど、少ないと思います。実際にあなたに当てはめてみてください。仕事の付き合い、関係者など、家族にいちいち話したりしますか? 遺族が被害者の交友関係を知っているのは、せいぜい、中学・高校くらいまでだと思います。

遺族の立場は尊重されるべきです。その一方で、被害者と関わりのあった人の中には、マスコミの報道を通してしか安否を確認できない人もいるのです。そういった被害者の友人の立場も尊重されるべきだと私は考えます。東日本大震災では、多くの人がテレビや新聞の安否情報を頼りました。まだまだ情報はマスコミに依存している面が多いのです。

「実名公表反対!」と言っている人の中には、京アニや被害者と何の接触もなかった人が過半数なのではないでしょうか。もしかすると、関係のある人など、ほとんどいないかもしれません。「実名を公表しなくても誰も困らない」などと平然と言えるのは、それはあなたが京アニや被害者と何も関係が無いからです。

こういう被害者と無関係かつ無縁な多数派の意見に京都府警察が忖度していたら、本当に情報が必要な少数派の人たちに情報が届かない事態になっていた可能性もあり、それこそ問題だと思うのですが。叩くべきは、実名公表をした京都府警察ではなく、杜撰な報道ばっかりしているマスコミなのです。そこを間違えてはいけないと思います。

 

▼安否を知りたかったファンも多いはずだ

おそらく、京アニの八田社長や遺族が被害者の匿名をお願いしてきたのは、早くからマスコミの報道合戦が過熱していたためでしょう。話を聞いてみると、かなり遠い関係の人であるにもかかわらず、追いかけまわされた人もいるようです。

マスコミの報道がここまでおかしくならなければ、実名公表に応じていた遺族も多かったのではないかと思います。辛い中で取材に応じていただけたかもしれません。そして、もっと冷静な取材や報道を行っていれば、世論もマスコミを支持したでしょう。そういう意味では、マスコミは杜撰な報道によって自分の首を絞めたといえます。

それにしても、京アニのファンの中にも、純粋な気持ちで、安否をずっと知りたかった人もいたはずです。というのも、京アニは所属するアニメーター1人1人に熱心なファンがついているスタジオです。自分が好きなクリエイターの安否を知りたいと思うのは、自然なことではないでしょうか。

こういった人たちは、やはり自分から声はあげません。もしかすると、あまりにもツイッター上で公表に「否」の立場の人が多いから、同調してしまった人もいたかもしれない。そういう純粋に安否を知りたかったファンは、いろいろな意味で、ほっとしていることでしょう。

実名が明らかになるまでの間、数々のデマがネット上に蔓延していました。亡くなっていない方が亡くなっているかのようなデマも流れていました。今回、京都府警察という公的な組織からはっきりと実名が公表されたことで、こうしたデマは一掃されます。

特に現代のネット社会はデマが広がるスピードが極めて速く、それによる二次被害も発生しています。ゆえに、最低限の情報(つまりは生存者の実名)だけでも報道する必要はあると考えます。

 

▼マスコミもネット住民も冷静になるべきだ

今回の事件は犯人の青葉が未だ回復しないため、事件の動機など、真相が明らかになっていません。ですから、マスコミには憶測に基づく報道をするのではなく、冷静な報道をお願いしたい。そして、繰り返しますが、執拗に遺族を追いかけるのは慎むべきです。

そして、ツイッター民もまた、ヒステリックになるのは避けて冷静にこの事件を見つめるべきだと思います。

今回の事件はあらゆる立場の人たちが悲しみました。私も数年前に雑誌で京アニを取材したときに、協力してくださった方が亡くなっていることを今日知り、茫然としています。私は現場を見ることも辛く、近くを通ったのに献花に行くこともできませんでした。今日は静かに犠牲になった方々に祈りを捧げたいと考えています。

 

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