かがり美少女の中の人ブログ

かがり美少女イラストコンテスト主催者の山内が、好き勝手なことをつぶやいています。最低最悪なクソな内容多し。今流行っている「自己責任」で読んでね( ^ω^ )。だから、たまに(いや、かなりの頻度で)嫌な感じのことを書きますが、ゆるしてニャン☆

幻冬舎が謝罪したが、まったくの的外れな謝罪だ

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↑ 幻冬舎が公式ホームページで今日発表した謝罪文。令和早々、同社は出版史に残る大失態をやらかしてしまった。しかし、この謝罪では何も解決していない(詳細は本文にて)。

 

▼何も解決していない謝罪

幻冬舎が公式ホームページで津原泰水に謝罪した。

しかし、謝罪文を読んで、なんじゃこりゃと思った。まったく意味のない謝罪なのである。

当ブログでたびたび書いている通り、一連の騒動は、百田尚樹の著書「日本国紀」のコピペ疑惑に端を発する。そして、未だ決着していないコピペ疑惑こそが、出版界を揺るがす最大の問題なのである。

「日本国紀」は、発売直後からネット上でwikipediaからのコピペが疑われてきた。そのコピペ疑惑をツイッターで指摘した一人が、津原泰水なのである。

津原は決して販売妨害をしようとしたのではない。むしろ幻冬舎のためを思って、発言したものだと思う。しかし、幻冬舎は指摘を受け入れることなく、津原の文庫本を発売中止にしてしまった。

そして、津原が発売中止になった旨をツイートしたところ、幻冬舎社長の見城徹がこれに応戦。「あなたの本は『日本国紀』と比較して、こんなに“売れていない”んですよ」と言わんがために、実売部数を公表した…という流れである。

 

▼問題の本質はコピペ疑惑

謝罪文を読めばわかるように、今回は見城が実売部数を公表した件に関する謝罪なのである。これを読んだ一般人の中には、「実売部数を公表することの何が問題なの?」「そんなに騒ぐようなことなの?」と思った人もいた(ツイートでそう言及している人が結構いる)。

幻冬舎は、そうした反応を狙っているのかもしれない。しかし、見城徹が実売部数をツイッターで公表したことは、一般人の反応が示すように、大した問題ではない。問題の本質は、あくまでも「日本国紀」のコピペ疑惑なのだ。

幻冬舎は増刷の度にコピペが指摘された箇所などをこっそり修正して流通させているが、“事故本”の初版は未だに回収されていない。正誤表も一切公表されていない。そして、あろうことか、初版と3刷と6刷が混ざって書店に並んでいるのだ。

これは、読者に対し、極めて不誠実な対応と言うほかない。というか、事故本と修正版を一緒に並べて売る出版社など、あっただろうか。ここまで酷い対応はそうそうないし、私がこの業界にかかわっている10年間でも最悪レベルである。

 

▼右か左かはどうでもいい

「日本国紀」の支持者は、右寄りの思想の持ち主が多い。ツイッターを見ると、彼らの中には、コピペ疑惑は“アンチによる攻撃”だと言っている者がいる。百田もそうした支持者を煽り、論点逸らしに必死になっている。

しかし、そもそもコピペは書籍の信頼を揺るがす問題であり、どのような思想の持ち主であろうと、やってはいけないのである。思想が右か左かとか、そんなことは関係ない。右側の人間がやろうと、左側の人間がやろうと、同様に非難される問題なのである。

私は神社の家系に生まれたこともあり、どちらかといえば右寄りの思想だ。慰安婦南京大虐殺大東亜戦争などについて、百田の主張に共感できる部分はむしろ多い。しかし、それでもやはりコピペは認めるわけにはいかない。思想とは切り離して考えないといけないのである。

繰り返すが、出版界の慣例に反して部数を公表したことは確かに問題であるのだが、一連の流れからすれば些細なことである。「日本国紀」のコピペ疑惑に対する回答を、一向に行わない隠蔽体質が批判されているのだ。

 

▼コピペだけは頑なに認めない

今回の謝罪文でも、コピペ疑惑には一切触れていない

幻冬舎以外の出版社は、コピペが判明すれば回収し、交換対応をするケースが一般的だ。その対応には莫大な手間と金がかかるし、ひとたび認めれば、出版社の信頼は失墜してしまう。だから、幻冬舎は頑なにコピペ疑惑を認めたくないだろうし、これからも隠蔽に努めるかもしれない。

しかし、ネットでこれほど疑惑が明らかになってしまっているのだ。ネット社会のご時世、いったいどこまでシラを切ることができるのだろうか。

むしろ、今回の謝罪文でコピペ疑惑も併せて謝罪してしまえば良かったのである。そうすれば、ツイッター住民や読者も赦してくれたはずだ。だが、残念ながらコピペ疑惑には一切触れられなかった。

幻冬舎は巧妙に幕引きを図ろうとしたのかもしれないが、これでは赦されるはずがない。鎮火する気配はないし、このままでは再び謝罪に追い込まれるのも時間の問題ともいえる。

 

▼歴史の本を作ったのに、歴史に学ぼうとしない

いつまで経っても「日本国紀」のコピペを認めなかったために、見城の実売部数公表があったし、今回の謝罪に繋がったといえる。

しかし、繰り返すが、謝罪はしたもののコピペ疑惑に関する謝罪ではないから、まったく解決していない。きっとどこかで、再び大炎上するだろう。

雪印乳業船場吉兆などがそうだが、問題に向き合おうとせずに逃げ回った挙句、鎮火が遅れ、崩壊してしまった企業はたくさんある。過去の事例と比較しても、幻冬舎の隠蔽体質は凄まじいものだ。ひとたび鎮火手段を誤れば崩壊しかねない状況に陥っていることは、誰の目にも明らかであろう。

それにしても、歴史に学ぼうとしない見城はじめ幻冬舎、そして百田が歴史の本を出すなど、ギャグでしかない。歴史は年号を暗記したり、昔はよかったとセンチメンタルな気持ちに浸るために学ぶものではない。過去の失敗を現代に生かすための学問なのだ。

幻冬舎が今後どうなるか。それは読者が判断することである。しかし、読者に対して舐めた態度をとり続けているツケは、かなり大きいと覚悟すべきだろう。

 

日本国紀

日本国紀

 

 

 

幻冬舎大炎上事件、問題の本質

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▼問題の論点逸らしを続ける幻冬舎百田尚樹

幻冬舎社長の見城徹ツイート大炎上事件は、近年の出版界に大きな汚点を残す歴史的な事件になってしまいました。見城はツイッター、755、さらに冠番組「徹の部屋」も辞めることを宣言し、事実上逃亡しました。

争点になっている百田尚樹の著書「日本国紀」については、ネットにいろいろな人が意見を書いています。しかし、論点がずれている意見が多いので、一度整理してみましょう。

朝日新聞毎日新聞の記事では、実売部数を作者に伝えない出版界の商慣習に反して、見城が部数をツイッター上に晒したことが問題と述べています。また、「日本国紀」著者の百田や編集を担当した有本香は、「この本が売れると困る人(左翼か)がいる!」と、信者を煽っています。

百田も有本も、論点逸らしに必死だなあ。

あのねえ、慰安婦がどうだとか、南京大虐殺がどうだとか、大東亜戦争がどうだとか、そんなことはどうだっていいのよ。様々な立場から様々な意見があり、正解がありません。ですから、百田が自著で考えをどう述べようが自由ですし、なんら問題はないのです。しかし、「日本国紀」で問題視されているのは、そんなことではないのです。

 

▼不良品を売り続ける幻冬舎の姿勢が問題

そもそも「日本国紀」が叩かれている原因は、wikipediaなどからのコピペ疑惑があり、ネットなどで指摘された箇所を増刷の際にこっそり修正して、正誤表も出していない点にあります。騒動の中心になり、見城に部数を晒された津原泰水も一貫してこの点を問題視しているのです。右翼VS左翼の思想的な論争ではありません。

いわゆる誤植の修正、例えば「会う」を「合う」と誤記した程度なら、正誤表を出さずに修正しても別に問題はありません。しかし、「日本国紀」の場合は、内容がまるまる別物になるような修正を、しかも増刷のたびにこっそりと加えているのです。

したがって、初版は明らかな不良品であり、正誤表を出したうえで、速やかに回収、交換されないといけません。ところが、初版は未だに本屋に並んでいます。うちの近所の本屋にもありましたし、しかも、初版と、3刷、6刷が混ざっておかれていました(汗)。

増刷の度に修正が加えられている事実を知っている読者は、おそらく少数でしょう。こうした致命的な間違いを放置し続けることは、出版社として、読者に対し、あまりに不誠実と言わざるを得ません。百田も、有本も、そして見城も、コピペ問題に真摯に向き合わずに逃げ回っています。他人に対しては上から目線のくせに、自分たちが叩かれると逃げてばっかりなのです。実にダサい連中です。

雑な本を作り、雑な売り方をして、しかも読者を裏切るような真似をしているのですから、幻冬舎が袋叩きにされても仕方ないといえます。

 

幻冬舎は読者の批判と向き合え!

それにしても、こうした不良品を売り続ける幻冬舎、そしてコピペを平気でやっちゃって開き直る百田のような連中が、誇らしい日本、素晴らしい日本と言っているのは、ギャグとしか思えません。

こいつらは韓国を笑えるような立場なのでしょうか。こんな杜撰な仕事は、日本の出版界の恥を晒すようなものです。むしろ、百田や有本は杜撰な仕事で日本を貶めようとしているのではないかとすら思えます。

繰り返しますが、問題になっているのは、本の内容ではないのです。言論の自由が日本では保障されていますから、慰安婦大東亜戦争をどのように書き、論じようと、好きにすりゃあいいのです。コピペと無断修正が問題なのです。論点を逸らしてはいけません。

コピペと無断修正は書籍の信頼を損ねる問題であり、出版界全体に影響する問題です。見城徹SNSから逃亡しましたが、この問題はまだ全然終わっていません幻冬舎は読者の批判から逃げるのではなく、しっかりとこの問題に向き合わないといけないと思います。

 

 

日本国紀

日本国紀

 

御朱印ブームで巻き返す伝統宗教、そして信者減少に苦しむ新興宗教

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御朱印集めが大ブーム

10年ほど前は「若いのにそんなものを集めているの?」と言われるほど、超マイナーな趣味だった御朱印集めが一大ブームになっています。

令和に改元される際、明治神宮では「令和元年5月1日」の御朱印を求めて、10時間待ちの行列ができました。

僕が御朱印を集め始めた10年前は、明治神宮だろうと、伏見稲荷大社だろうと、清水寺だろうと、すぐに貰うことができました。それが今や、有名な寺院だと平日にもかかわらず朱印所に列ができます。休日は長蛇の列。数十分、並ばなければいけないこともあります。

伝統宗教がここまで見直されたのは、久しぶりのことでしょう。

 

新興宗教の信者は減少中

一方で苦悩しているのが新興宗教です。明らかな信者減少に苦しんでいます。僕は取材で新興宗教の信者の集まりに行くことがありますが、明らかにジジババばっかり。若い人が来ていません。

「昔の方が活気があった」「どうすれば若い人が来てくれるのか」「若者が興味があるのはゲームやアニメばっかりだ」と嘆くジジババの声を多数聞いています。

宗教団体の信者数が発表されているのは、文化庁が刊行する『宗教年鑑』ですが、ここに掲載されている数字は当てになりません。新興宗教から報告された数字をそのまま載せているためです。基本的に、宗教団体は自分たちの勢いを誇示するために、数を盛っていることがほとんどです。

ただ、確実に信者数は減っています。

なぜでしょうか。

 

伝統宗教のゆるさが人を引き付ける

伝統宗教新興宗教、最大の違いは「ゆるさ」にあると考えています。

誰でも気軽に信仰とかかわれる。ニワカでも気軽に宗教施設(寺や神社)に行ける。これが魅力なのです。

対して、新興宗教は、厳格な信仰をもつ教団が多かったのです。例えば、新興宗教で屈指の規模を誇る創価学会はその筆頭です。高度成長期の頃は、他宗の信仰は謗法であり邪教だとして攻撃的な姿勢をとっていました。また、修学旅行で寺に行かない信者も多く、それがアンチを生む一方で、信者間の結束力を生む要因にもなっていたのです。

そんな創価学会ですが、昨今はソフト路線に転換しています。信者は普通に寺や神社に行きますし、学会側もそれを容認しています。かつての厳格な教えを重んじる信者も中にはいますが、ジジババだけです。

 

▼ソフト路線への転換は信者減が原因

創価学会がソフト路線に転換したのは、支持政党の公明党が長らく与党にいることや、カリスマ・池田大作名誉会長が表に出てこなくなったなどの要因もあると思いますが、単純に信者が減っているからでしょう。

昔ながらの厳格さでは若い人が信仰をもたないという危機感があると思います。

御朱印はスタンプラリー感覚で集めることができ、誰でももらえます。とてもゆるいです。たしかに転売などの問題は生じていますが、なにはともあれ、一般人を社寺仏閣に向かわせる要因になっているのは事実でしょう。こうした伝統宗教の勢いに対し、新興宗教は打開策を見いだせずにいます。

果たして、新興宗教の未来はどうなるのでしょうか?

若い人がいろんなことで悩んでいる現代だからこそ、信仰の力が必要だと僕は思うのですが・・・ あ、その役割は伝統宗教が担っているからいいのか(爆)。

 

全国御朱印図鑑

全国御朱印図鑑

 

 

憧れだった見城徹さんさようなら

僕はもうすぐ編集とライターの仕事に区切りをつけますが、そんな最後に飛び込んできたのが幻冬舎社長・見城徹さんの大きな不祥事でした。

これで僕は潔く引退できるかなと、強く感じました。

このブログに以前書きましたが、僕は見城徹さんの熱狂的な信者でした。編集とライターをやろうと思ったのも見城さんに憧れてのことでした。

見城さんの初期の著作はほとんど読んでいると思いますし、その仕事ぶりについては、ツイッターで「見城さんに憧れています!」とリプ返ししているニワカ信者よりも、遥かに熟知しています(というか、ニワカ信者どもは憧れているだけじゃなくて、すぐに行動しろよ!)。

僕は見城さんの考えを地方の商品開発に応用しました。結果、「美少女イラスト入りあきたこまち」や「スティックポスターin羽後町」などなど、多くの方の協力の下で、数々のヒット商品を出させていただきました。また、幸いにもライターや編集の仕事でも高く評価される仕事をさせていただきました。

そんな僕の目から見ても、最近の見城さんは変わってしまいました。別に人の考えが変わるのはいいのですが、見城さんの場合、明らかにダメな方向に変わってしまったのが残念なのです。

確かに、見城さんは以前から顰蹙を買うような非常識な振る舞いをしていました。しかし、その圧倒的な行動力が、閉鎖的かつ閉塞的な出版界を変える力になっていたと思います。ところが、最近では非常識な振る舞いの、単に非常識な部分だけが目立つようになってしまいました。

かつては反権力であり、常識をひっくり返すような企画を作っていました。今では権力にすり寄るだけのクソダサいオヤジになってしまいました。

特に2010年以降の仕事など、見るに堪えないものばかりであり、見城徹の影武者、もしくは見城徹に似た何かがやった仕事とでも思いたいものです。

で、一連の幻冬舎騒動で実感したことなのですが、やっぱり現実の人に憧れるのはよくありませんね。特にその人がツイッターを始めたりして本音を書き始めると、がっかりさせられることが多い。憧れの人がやらかすと、精神的なダメージがでかいとわかりました。

やっぱり、裏切らないアニメのキャラクターに憧れるのが一番だと思います。

以上!

 

異端者の快楽 (幻冬舎文庫)

異端者の快楽 (幻冬舎文庫)

 

 

煽り耐性が無すぎる見城徹にツイッターを勧めた奴は誰だ!?

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▼見城さん、やらかしまくって謝罪

え~~~~~~~~~~~~~~・・・

このブログでさんざん書いてきましたけど、幻冬舎社長の見城徹さん、近年の出版界で稀に見るレベルの大炎上をやらかし、謝罪に追い込まれました。

 

だから言ったのに・・・

見城徹は煽り耐性無すぎてツイッターやるべきではない・・・ということは、これまで僕はツイッターやブログで散々書いてきたけど、ふと、疑問が浮かびました。

一体誰が見城にツイッター勧めたんでしょうか。過去のツイートに確か書いてあったなと思って遡ってみたけど、出てこないんです。調査スキル低くてごめんなさい。誰か教えてください。

それにしても、です。知り合いなら見城の性格もわかるはずですよね。見城の灰汁の強く自己中心的な性格は、ツイッターなんて明らかに向いてないとわかるはず。僕は、見城に失言させて、貶めようという策略だったのかなあと勘ぐってしまうほどです。

 

ツイッターにまったく向いてない見城さん

見城はフレンズ信者に囲まれる755には向いていたのかもしれないけど(もっとも、あんなクソアプリ使ってる人もう全然いませんよね)、ツイッターは容赦なく批判や煽りに晒されるため、スルースキルが不可欠です。

スルースキルが無いせいでツイッターで失敗した芸能人や経営者は多くいます(見城のフレンズのZOZO前澤とか)。見城くらいの立場の人間であれば、前例を検証してから始めるべきでした。

そもそも見城の精神論は今の時代に合っていません。絶対に炎上するだろうなあと思っていたら、見事に炎上連発。これ、今も幻冬舎が上場していたら、えらいことになってましたよ(汗)。

見城は顰蹙を買いまくる発言が得意ですが、こうした物言いは身内や信者間だけで留めておくべきでした。ツイッターを始めたせいで、見城の傲慢な性格が明るみに出てしまい、わずか数ヶ月で彼自身の株は急降下してしまいました。

 

▼見城さんは潔く信者とだけSNSやってなさい!

見城さん、悪いことは言いませんから、早くツイッター止めてください!

そして、部下の箕輪厚介がやっているような意識高い系オンラインサロンでも作って、信者とだけトークしてください。そうすれば自己愛が強い見城さんの虚栄心は満たされるはずです。

閉鎖空間で交流するスタイルにしないと、また絶対やらかしますよ。マジで。

 

異端者の快楽 (幻冬舎文庫)

異端者の快楽 (幻冬舎文庫)

 
読書という荒野 (NewsPicks Book)

読書という荒野 (NewsPicks Book)

 

幻冬舎はこれで炎上何回目だよwwwww もう見城徹は謝れよ!!!!!!

 

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幻冬舎見城徹の趣味は炎上

幻冬舎がまたまた炎上しています。作家の津原泰水さんが百田尚樹さんの『日本国紀』(幻冬舎刊)をツイッターで批判したことが問題視され、なんと幻冬舎文庫から出す予定だった津原さんの『ヒッキーヒッキーシェイク』が、ほとんどできあがっているような状態で出版取りやめになったそうです。

津原さんのツイートを引用すると、「ゲラが出て、カバー画は9割がた上がり、解説も依頼してあった」状態でありながら、「正月あけ、担当を通じ、『日本国紀』販売のモチベーションを下げている者の著作に営業部は協力できない、と通達されました」とのことです。

『ヒッキーヒッキーシェイク』はハヤカワ文庫から出ることになったようですが、津原さんがその経緯をツイートしたこともあって、とにかく燃えています。ツイッターのトレンドにも入りました。

この炎上っぷりは幻冬舎見城徹社長の耳にも届いたようで、見城さんは(特定の人物名を挙げていませんが)ツイッター訴訟をちらつかせています(笑)。このおっさんは自分に都合の悪いことがあれば、なんでもかんでも訴訟ばっかりだな・・・ くそだせーおっさんです。

それにしても、炎上は幻冬舎お家芸みたいになっているなあ・・・ 意識高い系のビジネス本を出しまくっているのに炎上ばっかりでは、客離れを起こさないかと不安になります。

 

▼『日本国紀』のwikipediaコピペ疑惑

このブログでもたびたび書いてきましたが、百田さんの『日本国紀』はwikipediaはじめ様々な媒体からのコピペ疑惑がある本であり、しかもそのコピペは限りなく黒です。発売直後からネットでは検証が行われていましたが、幻冬舎は一連の指摘をことごとく無視してきましたし、見城徹さんはツイッターで開き直る一方でした。

そしてあろうことか、誤りをこっそり修正したうえで増刷しています。しかも正誤表を出さないという、読者への裏切りを平気でやっています。要は本なんて売れさえすればいい、不良品を世の中に出すことを何とも思わない企業だということが明るみになりました。

で、『日本国紀』の売れ行きも鈍化し、忘れ去られようとしていたころに、とびきりの大砲が津原さんから発射されたわけです(笑)。

読んだ方であればわかると思いますが、『日本国紀』自体は大した本ではありません。右翼や保守層が喜ぶような日本凄い系の内容でまとめられている(のに、なぜか皇室の男系の解説でとんでもない間違いをやらかしているのですが)、昔から靖國神社の売店に並んでいるようなありがちな本です。

一方でバカ左翼が『日本国紀』の文中の右翼史観にケチをつけていますが、僕は右側の立場から書かれた本も、左側の立場から書かれた本も出版されてしかるべきだと思います。

安倍晋三大好きという本も、安倍晋三大嫌いという本も書店にならんでいる状態こそが健全な言論活動が行われている証拠であり、日本の出版文化の豊かさの象徴だと考えています。

 

▼コピペと言論封殺は論外だ

ただし、出版界で絶対にやってはいけないことがあります。

コピペ・・・ おめーだけはダメだ!!!!

そう、コピペだけはダメなのです。泥棒行為だからです。本の信頼を揺るがすような問題だからです。『日本国紀』の最大の問題は、右翼史観ではなくコピペ疑惑なのです。

そして、津原さんは百田さんの歴史観を批判しているのではありません。本のコピペ疑惑に関して批判したのです。要は、幻冬舎はこんなコピペ本を売ってようではダメですよと、わざわざ丁寧に教えてあげているのです。本来であれば幻冬舎や見城さん、もちろん百田さんも感謝しないといけないはずです。

ところが、幻冬舎(というか見城さん)はまわりにイエスマンしか置きたがらない体質なのか、ちょっとツイッターで批判意見を書いた程度で、津原さんの本の出版中止を決めたのです。圧力を加えて意見を封殺する幻冬舎の体質は、問題があり過ぎると言わざるを得ません。さらに幻冬舎の杜撰な社風については、ここぞとばかりに他の作家も声を上げています。

こうした声に真摯に対応しないようであれば、幻冬舎山口真帆への暴行問題でシラを切りまくるNGT48の運営と同じような隠蔽体質が蔓延しており、極めてよろしくない会社と断言せざるを得ません。日本の出版文化の今後に影響が出そうな案件です。

幻冬舎、そして見城さんがどんな対応をするのかが注目されます。

最後にこれを・・・

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・・・ぜんぶ見城さんのことやんwwwwwwwwwww

クソワロタwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

ヒッキーヒッキーシェイク (ハヤカワ文庫JA)
 
日本国紀

日本国紀

 

 

 

 

「日本国紀」のコピペ疑惑、そういえばどうなったの?

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▼コピペ騒動、覚えてる?

すっかり多くの人が忘れてしまったと思うけれど、百田尚樹の著書「日本国紀」に、wikipediaの記述を無断で引用しているのではないかいう指摘、いわゆるコピペ疑惑がありました。

詳細は下記のサイトに詳しいです。

【まとめ】百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎, 2018)の関連記事まとめ | 論壇net

読んでいただければわかるように、本件は限りなく黒です。幻冬舎がまともな出版社であるならば、恥ずかしくてとても店頭には置いておけないレベルです。回収のうえ、速やかに正誤表を出すべき案件といえます。

しかし、幻冬舎側は本件について公式のアナウンスは行っていません。そして、あろうことか増刷のたびにこっそりと修正を加えているのです。このブログでたびたび書いているように、僕は見城徹の信者だったのですが、本件で完全に幻滅してしまいました。

 

▼沈黙した出版界

発売から数ヶ月が経過し、ネットでこの本が話題になることも少なくなりました。同時に、コピペ問題について指摘する人も、今やほとんどいません。

僕が凄く残念なのは、本件について声を上げる出版界の人々がほぼいなかったことです。もちろん幻冬舎の社員からは皆無であり、見城徹社長もツイッターで開き直りととれるような発言を連発しています。

出版界の倫理観を疑う事件でした。いろんな出版社の人間やライターの同業者に話を聞くと、「これはヤバいよね」と言う人は少なくありません。書店員に話を聞くと「これは事故本だ」と言っている人もいました。

しかし、週刊文春毎日新聞がちょっと取り上げた程度で、まともな検証が成されませんでした。幻冬舎側も放置することで、見事に黙殺したといえます。

 

▼商業右翼は思想が薄っぺらい

僕は神社の家系ですので、思想的にはおそらく右寄りに属すると思うのですが、基本的には中立的な立場を貫いています。そういう視点から見ても、「日本国紀」は相当にひどい。

というか、これを持ち上げている保守はちゃんと中身を読んでいるんでしょうか。そもそもこの本は天皇に関する記述を間違っています。右寄りの人であれば絶対に間違えてはいけない、致命的なミスをしでかしているわけです。

【悲報】『日本国紀』、「男系」の意味すら間違える【ビックリ】 | 論壇net

百田尚樹の浅すぎる知識はもちろん、それをチェックしている編集者の有本香の能力の低さが露呈しています。というか、この2人、本当に保守なのかよ・・・

こんな本を讃えている右寄りの連中はバカとしか思えません。「日本凄い!」と念仏のように唱えてやがる連中の薄っぺらさを痛感しました。

 

日本国紀

日本国紀

 
「日本国紀」は世紀の名著かトンデモ本か

「日本国紀」は世紀の名著かトンデモ本か