かがり美少女の中の人ブログ

かがり美少女イラストコンテスト主催者の山内が、好き勝手なことをつぶやいています。たまに(いや、かなりの頻度で)嫌な感じのことを書きますが、ゆるしてニャン☆

バーゼルワールド開催期間中、地方の時計店は冷めきっていた

 

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スイスで世界最大級の時計見本市「バーゼルワールド」が開催真っ只中の2019年3月22日~23日、僕は地方の時計店を巡っていた。

スウォッチグループが今年から撤退したとはいえ、各社、華やかな時計を出店しては、盛り上がっている。そんなバーゼルに対し、かつて有名ブランドの時計を扱っていた店はどう思っているのか、聞きたかったからだ。

こんなひねくれた取材をしているライターなど、日本中探しても、僕だけだろう。

さて、ほんの10~20年前まで、時計店は規模の大小を問わず、主要なブランドをだいたい扱うことができた。

ところが、昨今、メーカーのブランド化戦略などの意向により、次々に地方の時計店が契約を切られてしまっている。一定数の在庫を仕入れ、販売実績のノルマがあり、さらに店もブランドの指定通りに改装しないといけない。

実は、時計に限らず、服、スニーカーなど、アパレルの分野でも同じことが起こっている。

結果、有名ブランドを扱えるのは、大きな資本力のある百貨店か、大規模な時計店だけになりつつある。中堅、小規模の時計店の過半数から、事実上、有名スイスブランドは消滅した。

扱いたくても、扱えない。

そんな嘆き節が、時計店から聞こえてきた。

10万都市にあるA時計店は、ロレックス、オメガ、ジャガールクルト、さらにはカルティエの正規店だった。特にカルティエの取り扱いは珍しく、一時は県内隅々からお客さんが来たという。しかし、カルティエが隣県の200万都市に旗艦店を出した頃に、契約は終了となった。

バーゼルワールド? ああ、今年もそんな時期なんだね。もう何年もチェックしていないなあ。だって、新作が出たって、うちらは扱えないんだから」

「メーカーが指定する専用の什器を入れなきゃいけない。都会とこの街じゃ、市場規模がぜんぜん違う。通販ができるならまだ対抗できたかもしれないけど、メーカーはそれすらもダメだという。むちゃくちゃだよ。地方の時計店がメーカーの意向を呑むのは、不可能に近いですよ」

「スイス本国は売れるようになったら、日本法人を作ると言い出すんだよね。問屋の人たちは首を切られたし、うちらも契約が終了しちゃった」

現在はグランドセイコーの取り扱いは継続しているが、最近はセイコーもショップ制で厳しいという。「なんでもスイスの真似をするもんじゃないと思うけれどね」と、店主は言う。さらに、某ブランドの時計を30%引きで投げ売りしていたのが目についた。

「ああ、それね。まだ決まったわけじゃないけど、運営の母体が変わるという話があるから、取り扱いをやめようと思ってね。在庫一掃しようと思っているのさ。うちらはメーカーの事情にさんざん振り回されてきたけど、もうこりごり。今の時代、時計屋なんて田舎でやるもんじゃない」

県庁所在地にあるB時計店は、ロレックスの販売実績で県内トップになったこともある有力店だ。しかし、数年前、この県からはロレックスの正規店は完全に消滅してしまった。オメガ、ショパールなどを扱っていたこともある。

店員が言う。

バーゼルワールドなんて興味ない。一部の店とメーカーのお祭りにすぎないし。少し前までは新作を楽しみにしていたけれど、今じゃ契約も終わっているし、どうでもいいよ」

「えええっ、スウォッチグループバーゼルに出なくなったの?」

店員は、既に“時計離れ”が加速度的に進んでいると話す。この店に来店するお客さんは、かつてはサラリーマンの姿も多かったそうだ。しかし、今では医師や弁護士など、一部の富裕層に限られるという。

「ちょっと前まではサラリーマンがお小遣いを貯めれば、ロレックスが買えたんだよ。それが今じゃ、ステンレスの時計が100万超えでしょ・・・? 時計は高くなりすぎた。完全に金持ちの道楽だよ」

「それでも買う人がいるから、メーカーは構わないと思ってるんでしょ。ファンの裾野を広げようなんて思っちゃいない。確実に買ってくれる人に売れれば、それでいいと思っているんだろうね」

「もう時計に興味、なくなった」

もちろん、僕は店側の言い分をすべて正しいとは思わない。取り扱い停止を宣告されたのは、店側の努力不足による部分も少なくないだろう。事実、地方の時計店は胡坐をかいていて、十分な対策をしてこなかった店も多いからだ。

また、修理の部品を不正に横流ししてメーカーを激怒させるなど、モラルのない時計店があったことも、僕は知っている。

しかし、上記の2店は、かつて地域屈指の有力店であり、優良店だ。店員の知識も、折り紙付きである。昨今のモデルこそ知らないにしても、扱っていた時代の時計の知識は、はっきりと覚えていたのには驚きだった。

前述のように、通販がNG、什器もブランドが規定したものを入れないといけない、それでいて都会並みのノルマ・・・という要求を、資金力で百貨店や問屋に劣る地方都市の時計店が呑むのは、かなり厳しいと言わざるを得ない。

時計は今や生活必需品ではなくなった。だからこそ、趣味として楽しむ愛好家が一人でも増えないといけない。しかし、メーカーは裾野を広げるどころか、狭める戦略をとっている。

それが吉と出るか、凶と出るか。10年後、業界はどうなっているのか。誰にもわからないのである。

 

ロレックスが高くなりすぎ&モノが無すぎて、友人に“布教”できないのは辛い

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このブログでロレックスの話をいろいろ書いたら、「山内さんはロレックス嫌いなんですか?」「嫌いなら語るな」という趣旨のメッセージが来ました。

そんなわけないでしょ!!!!!!!!!!!

嫌いだったら、そもそも買いませんわ!!!!!!!!!!!!!!!

僕が文句を言いたいのは、明らかな供給不足に陥っている現状と、そして販売店側の対応です。特に供給不足はゆゆしき問題です。

僕はオタクですし、ライターの仕事をしていますので、昔から自分が良いと思ったものはとことん周りに布教しまくるタイプです。アニメ、漫画、建築、きのこ、旅行などなど。

時計も同様です。はまってから何人にも時計を買わせまくってきましたし、現状でも僕の布教活動によって時計を買おうと思ってくれている人がいます。昨年も、僕のすすめでロレックス買った人が10人いますし、そのうち2人は「三重の名店」まで足を運んで買ってくれています。

とにかく、僕が友人にすすめまくっているのはロレックスです。僕もいろいろ時計を買っていますし、持っていますし、使っていますが、絶対的に満足感が高いのはロレックスです。自信をもっていい時計だと言えますし、現に買った人は「やっぱりロレックスにしてよかった」と喜んでくれます。

ブランド力が高いだけでなく、品質の高さ、装着感の良さ、デザインの完成度など、すべてにおいてハイレベルです。そして、不思議と、どんな人が着けても似合ってしまうんです。こんな時計は、他に無いです。

何個も買う時計愛好家と違い、一般の方は数十万する時計は一生に一度の買い物になるかもしれませんし、試着して、納得した上で買っていただきたいのです。

ですが、現状とにかく正規店に行ってもモノを見ることができません。さらにレアモデルがあったら、問答無用で買わないといけない。並行店に行けばモノはありますが、定価に数十万円プラスという状況。

これでは、おすすめすることができません・・・

早く、もとのような状態に戻って欲しいものです。今の異常な相場の一刻も早い崩壊を、強く、強く、願っております。

 

 

↓ 参考までにamazon見てください。値段ヤバいよ・・・(汗)

 

デイトナを買いに来た客に、デイトジャストを売れるか?

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▼地方の時計店の天才販売員

僕は47都道府県にある主要な時計店は、ほぼ訪問しています。それ以外の小さな時計店も相当数、行っています。これまで訪問してきた中で、何人ものカリスマ店員といわれる方々に会ってきました。

その中でも凄いと思っている店員の一人が、某県の某時計店のHさんです(ご本人に迷惑がかかるとよくないので、名前は伏せます。しかし、業界では知らない人はいないでしょう)。

Hさんの実績は、しっかりと数字に表れています。

勤務先の時計店を、県内でロレックスの売上トップに押し上げました。さらに、セイコークレドールの販売実績、専門店部門で全国3位を獲りました。1位が東京・銀座の和光、2位は東京の某超有名店であることを考えると、3位という数字がいかに凄いのかがわかると思います。

Hさんは時計を売る天才なのです。

 

デイトナなんて誰だって売れる

ロレックスに限らず海外のブランドは、ここ数年で地方の中小の時計店との契約を次々に打ち切り、ほぼ都市部の百貨店に集約させています。そのため、Hさんが勤務する店も正規店から外れてしまいました。

しかし、契約を切られるまでの間、Hさんはロレックスを売って、売って、売りまくってきました。Hさんの凄さは、「人気モデルを買いに来た人に、不人気モデルを売る」ことができる点です。販売をやっている人なら、これがいかに難しいか、よくわかると思います。

ロレックスでもっとも人気のあるモデルは「デイトナ」ですが、Hさんに言わせれば「犬が売っていても売れる」「店員がいなくても売れる」時計であり、「そんなの売っても全然自慢にならんし、大したことない」と断言します。

そもそも指名買いするほど人気がある時計ですし、買ってそのまま質屋に持っていけば、数十万円儲かってしまうからです。

当然、Hさんのもとにも、問い合わせが殺到していました。普通の店員なら、「あいにく、在庫を切らしております」で終わりです。

 

▼全国トップクラスの販売実績

ところが、Hさんは客を、そのまま帰すようなことはしません。デイトナ以外のモデルの良さを丁寧に説明して、買わせてしまうのです。

デイトナが欲しいと言ってきた人に、ターノグラフやデイトジャストを買わせた」

カルティエやブルガリの時計を探している人に、ロレックスを買わせた」

デイトナなどのスポーツモデルが人気の中で、周囲の反対を押し切ってチェリーニを大量に仕入れて、すべて売ってしまった」

その販売力は、驚くべきものです。地方都市の小さな時計店であり、都市部と比べたら圧倒的に不利(しかも通販などはメーカーとの規定で、できません)な状況にもかかわらず、Hさんはそれができてしまうのです。

ましてや、ロレックスと比べたら知名度が劣るクレドールで全国3位は、並大抵の努力で作れる記録ではありません。そのためには、銀座でならバンバン売れるようなダイヤギラギラの超高価格帯のモデルを、地方都市でとんでもない数を販売しないといけないのです。

ちなみに、Hさんは3位になった前年に、5位を獲っています。マグレで掴んだ記録ではないことがわかるでしょう。

 

▼販売の機会を逃している

さて、今回のブログのテーマである、「デイトナを買いに来た客に、デイトジャストを売れるか?」です。現在の正規店には、デイトナを買い求める客が連日、凄い数やってきます。そのやりとりは、こうです。

デイトナありますか?」

「あいにく、在庫を切らしております」

終了。

店員の仕事は、在庫を伝えているだけ。はっきり言ってこれは時計屋の仕事ではありません。ただの雑用であり、ロボットでもできますペッパー君でもできる仕事ですし、コストカットをするなら店員を置かずに自販機があれば充分なのです。

ここで、「デイトナもいい時計ですが、こんな時計はいかがですか?」と提案できるのが、時計屋のプロの販売員でしょう。

ところが、僕は都市部のロレックス正規店を数えれない回数訪問していますが、そういった提案をほとんど聞いたことがありません。「在庫を切らしています」の先の会話が続かないのです。

確かに、店員も「デイトナありますか」という同じ問い合わせばかりで、うんざりしているのでしょう。しかし、せっかく客が来たのに、在庫確認だけで終わってしまうようでは、販売の機会を逃していることになります。それでは販売員失格なのです。

 

▼デイトジャストだけでいい

売店を外れてしまいましたが、Hさんは今でもロレックスが好きです。「今でも売れるなら、売ってみたいですか?」と訊くと、「もちろん」と即答されました。

人気のスポーツモデルなんか、一切要らない。(問屋が在庫を抱えている)デイトジャストとチェリーニだけでもいいから、卸してほしい。徹底的に売ってみせますよ

ああ、この人は、きっとできるんだろうなあと思いました。

ちなみに、Hさんはワンマンなタイプではありません。お店の従業員みんなで「チームで売る」ことが大切だと説きます。自分がいなくても売れるように、売り場に様々な仕掛けを用意することも忘れません。こうした細やかな気配りこそ、Hさんの真骨頂といえるかもしれません。

モノが売れない時代と言われます。その一方で、ラグジュアリーブランドも、量販店も、人材の育成を怠ってきました。そのツケが回ってきています。僕個人の印象では、高級時計店といえども、店員のスキルは著しく落ちているように感じます。

amazonなどの通販が台頭し、店頭販売からお客さんが流出している現在だからこそ、接客、販売の原点にもう一度立ち返る必要があると思います。特に経営悪化に苦しむ百貨店などは、もっとも考えるべきテーマでしょう。きめ細やかな接客力を使った販売は、ペッパー君にも、AIにもできない、人間ならではのスキルなのですから。

 

▼追記

↓ 過去にこんな記事も書いていますので、ぜひ併せて読んでいただけますと幸いです。

 

REAL ROLEX(21) (CARTOPMOOK)

REAL ROLEX(21) (CARTOPMOOK)

 
ゼロからわかるロレックス 改訂版 (CARTOPMOOK)

ゼロからわかるロレックス 改訂版 (CARTOPMOOK)

 

 

世界遺産になるべきだった長野県の岡谷市

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▼富岡と岡谷

2014年、群馬県富岡にある「富岡製糸場」が世界遺産に登録されました。僕はこのとき、セットで登録されるべきだったと思った地域があります。それが長野県(信州)であり、特に岡谷です。

岡谷は日本の絹産業・製糸業を牽引した都市でした。建築ヲタの間では伝説になっている5~6階建ての繭倉庫「吉田館」など、明治時代では異例の高層建築が立ち並んでいました。

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↑ 吉田館の繭倉庫。5階建ての繭倉庫(左)が見える。6階建てのものもあったというから、驚きです。

「おかやナビ」http://okaya-navi.info/search/aruki_taro/okaya/detail/77/ より引用


しかし、その多くが失われ、見ることができません。吉田館は1993年まで残っていましたが、取り壊されてしまいました。

現在、上田の笠原工業の「常田館製糸場」に4階建てと5階建ての繭倉庫が現存していますが、岡谷は「金上繭倉庫」の3階建てが最高層です。

建築が残っていれば、間違いなく、富岡とセットで世界遺産に登録されていたことでしょう。

 

▼官と民、レンガ造と木造

富岡と岡谷はともに絹産業のメッカでしたが、異なる発展の仕方を辿っています。

簡単に言えば、富岡は“官”営の模範工場でしたが、岡谷は“民”営の工場が中心だったのです。

岡谷は山間部に位置します。広い耕地に恵まれず、冬の寒さも厳しい土地でした。そのため、既に江戸時代の頃から、人々は生計を立てるために養蚕を行っていました。

明治時代に入ると、中山社が安く利便性の高い諏訪式繰糸機を発明します。これは全国に広まった代表的な器械であり、圧倒的な効率化が実現されました。こうした数々の発明を受け、民間の手によって、岡谷には製糸工場が相次いで建設されていったのです。

建築の構造も異なります。富岡製糸場は、フランスの技術を参考に建設されたので、洋風のレンガ造。一方、岡谷をはじめとする信州の繭倉庫は、 江戸時代から継承された伝統的な土蔵の建築技術を発展させているため、木造が主体になっているのです。

国内全体で見ても、養蚕関係の建築は、富岡よりも信州のような木造で建てられることが多かったようです。

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↑ 富岡製糸場の東繭置所。お雇い外国人のフランス人、ポール・ブリューナの指導をもとに整備したため、洋風で建設されています。

「しるくるとみおか 富岡市観光ホームページ」http://www.tomioka-silk.jp/ より引用。


▼世界に知られていた岡谷

岡谷は多い時では105棟にも及ぶ繭倉庫が軒を連ね、およそ1000本もの煙突がそびえていたといいます。最盛期には3万人もの工女が日本中から集まったといいます。

そして、岡谷の生糸は中央本線を経由して横浜まで運ばれ、世界に輸出されました。絶頂期は日本産の生糸の4分の1が岡谷系の企業産だったといいます。そして、ニューヨークでは“Silk Okaya”と呼ばれ、品質が高く評価されていたのです。

これは、製品を通じて日本の名前が世界に知られた、最初期の例といえるでしょう。世界に影響を与えたという意味では、富岡よりも世界遺産にふさわしいかもしれません。

 

▼中国産の生糸に敗北して壊滅

岡谷は今でいえば愛知県の豊田のようなモノづくり都市でした。

ところが、日本のモノづくりに超ありがちなパターンですが、中国産の安い生糸に敗北し、あっさりと岡谷の製糸業は壊滅してしまいました。日本のモノづくりは何度このパターンを繰り返しているのでしょうか。腕時計産業然り、テレビなどの家電製品然り。歴史に学ぶ必要があります。

岡谷の街を歩いていると、「旧林家住宅」などの生糸で財を成した実業家の邸宅などはありますが、巨大な繭倉庫は見当たらず、寂しい限りです。

日本のモノづくりの栄枯盛衰をもっとも物語っている岡谷の絹産業・製糸業。世界遺産の富岡と合わせて、広く知られるべき文化遺産だと思っています。

 

富岡日記 (ちくま文庫)

富岡日記 (ちくま文庫)

 

新興宗教のライバルは、ネトゲ、アイドル、既存の宗教

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▼座談会が“敬老会”と化している

大学時代は独自に新興宗教の研究をしていたので、創価学会の座談会を冷やかしで見に行くのが趣味でした。

10年くらい前ですが、都市部はまだ若い人がそこそこいるのですが、田舎だと老人しか参加しておらず、座談会が敬老会のようになっていました。

信者に聞くと、現在はもっと若者の数が減っているそうです。創価学会を例に出すまでもなく、戦後に急成長した新興宗教高齢化が進んでいるのです。

創価学会の場合は、信者の世帯数が約827万軒のまま、10年以上、いや、もっとですかね・・・とにかく変化していません。発明件数が約3000件以上のまま一向に増えないドクター中松のような奇妙奇天烈な現象ですが、要は、新しく入る会員が減っているのでしょう。

 

▼若者が新興宗教の代わりに信仰するもの

最近、ある新興宗教の熱心な信者と話をしたとき、こう言われました。

うちのライバルは、ネトゲアイドル既存の宗教だよ

曰く、若い信者はネトゲには課金するけど、宗教には課金(お布施)してくれない。宗教の重要な会合があっても、そのタイミングでネトゲのアイテムがもらえるイベントがあればそっちを優先するアイドルのコンサートがあればそっちを優先する・・・のだそうです。

彼は、ため息をついてこう言いました。

「萌えキャラとアイドルが、今の若い人たちの信仰の対象と言っていいですよ」

「うちの会合があったのに、若い奴らはそれを無視して吉●裕行のイベントに行ったよ」

「山内さん、どうすれば若い人が宗教活動に参加してくれますかね???」

・・・知らんがな(爆)。

 

▼既存の宗教が若者の心をとらえた

そもそも、若者が宗教活動に消極的なのは、自分の意志で入るのではなく、親が信仰していたので勝手に入信させられた例が多いためでしょう。創価学会の場合はそれが顕著で、二世、三世の信者ほど、活動に熱心ではないといわれます。

さらに、新興宗教離れに追い打ちをかけたのが、既存の宗教です。いわゆる鎌倉時代以前の仏教や、神道のことを指します。

「日本人は宗教に関心がない」と言う人がいますが、それは事実ではありません。明治神宮伊勢神宮成田山新勝寺などはいつ行っても混雑している、世界屈指の聖地です。正月だけで何百万人も参拝者を集める聖地は、世界でもそうそうありません。

これらの最大のメリットは、入信せずとも、手軽にお参りできる点です。既存の新興宗教はあれはダメ、これはダメ、これは拝んじゃダメみたいな、うるっせー会則がテンコモリでした。最近話題になっている、「下着は白以外認めません!」みたいなブラック校則に近いものがあります。

そうしためんどくさい信仰とは異なる、ゆる~~~い昔ながらの寺院や神社が、若者の心をとらえているのです。

御朱印集めは空前のブームになっています。3週間前に僕が京都の東寺に行ったときは、御朱印のコーナーにコミケの中堅サークル並みの列ができていて、びっくりしました。伝統宗教はそれまで寺院に縁のなかった若者をも引き付けているのです。

 

新興宗教も変わらなければならない

新興宗教・・・とは言いますが、創価学会ですら、2020年で創立90周年を迎えます。もはや伝統宗教の領域に入っているといえます。そして、こうした宗教はあらゆるシステムが、今の時代に合ったものになっていません。

例えば創価学会の場合、座談会といって、信者の家を会場にして月一回くらいのペースで信仰体験などを話し合う会が催されます。いくら同じ信仰をもつ相手とはいえ、自分の家に他人を上げるのを躊躇する人は多いはずです。ましてや、家の中に抱き枕やエロ同人誌が山積みになっていたりしたら、絶対に嫌でしょう。

たいてい座談会は夜に開催されますが、今の時代、夜に働く人も増えています。そういった人たちは参加できないでしょう。

新聞は既にメディアとしてオワコンですが、創価学会聖教新聞を購読しなければいけない(一応、断ることもできます)。新聞なんてタダでさえ読まないのに、なんで宗教活動のために新聞をとらないといけないのか? 荷物になるのでゴミに出すのもめんどくさいですよね。

そういうシステムが旧態依然のままなので、若者が離れていくのは必然なのです。

人間革命ならぬ、システムの革命をしないと苦しいところですが、まあ今の創価学会の首脳はそんなことをやる気概がある人はゼロでしょう。そして、それは創価学会に限らず、他の新興宗教にもそっくりそのまま当てはまることなのです。

 

創価学会がつまんなくなった原因

このブログを書いていて思ったのですが、かつてはあれだけ熱心に研究していた新興宗教に、僕はさっぱり興味がなくなっています。

考えてみたのですが、池田大作大先生が表に出てこなくなったことが、要因の一つだと思っています。やっぱり、強烈なカリスマがいないと、面白くないのですね。ロレックスがなくなると時計業界がつまんなくなるのと同じです。創価学会がいかに一人のカリスマに依存していたのかが、わかると思います。

そう考えると、若者の宗教離れは理解できます。創価学会の場合、池田大作大先生は日本中を回って、信者を激励しました。いわば、会いに行けるアイドルでした。会って握手などをした体験がある人の話を聞いたことがありますが、当時のことを鮮明に覚えていて、興奮気味に話してくれます。

ところが、今の若者は池田大作大先生に会ったことがないという人が多くなっています。ゆえに、このオッサンが偉い人だよとジジババの信者に言われても、リアリティが感じられないのです。

そうした会いに行けるアイドルというポジションを、AKB48などが担っているのです。そりゃ、若者の新興宗教離れは当たり前だよな、と妙に納得した次第です。

 

創価学会

創価学会

 
創価学会を語る

創価学会を語る

 

 

教科書に載らない江戸時代の仏像、実は凄い!

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▼注目されない“江戸時代の仏像”

葛飾北斎の展覧会が開催されるなど、江戸ブームが起こっています。江戸文化の再評価が進んでいますが、一方で、ぜんぜん評価が進んでいないのは江戸時代の仏像彫刻です。

日本史の教科書を開くと、仏像彫刻が紹介されるのは鎌倉時代まで。それ以降の仏像の記述はまったくといっていいほどありません。

国宝に指定されている仏像も、最新の作品は高徳院阿弥陀如来像(鎌倉大仏。これは鎌倉時代の造立です。室町時代以降の作品は、重要文化財に指定されているものすら極めて少ないのです。ちょうど先日、新しい国宝の指定が答申されましたが、いずれも奈良時代平安時代の仏像でした。

では、江戸時代の仏像って、大したことがないのでしょうか。いえいえ、そんなことはありません。注目度の低い江戸時代の仏像には、完成度の高い像が多いのです。

 

▼取材で知った江戸時代の仏像の凄さ

2017年、雑誌の取材で、弘前大学の須藤弘敏さんと一緒に青森県内の寺院を巡りました。円空仏の取材がメインでしたが、僕が引き付けられたのは、江戸時代に無名の仏師たちによって造られた仏像だったのです。

弘前周辺は多くの寺院がありますが、阿弥陀如来像に薬師三尊像… 本堂に安置される本尊のすべてが、優れた仏像ばかりでした。

須藤さんによると、その仏像の多くが江戸や上方の仏師によって造られたものだそうです。いずれもキリッと引き締まった精悍な顔立ちで、細部の造りも優れています。しかし、文化財指定されているものは稀でした。

須藤さんによると、江戸時代の仏像は完成度が傑出しているそうです。ただ、大量生産されたため作家性に乏しいこと、現存している数が多いため、あまり注目されていないとのことでした。

事実、Googleで「江戸時代 仏像」と検索しても、紹介するサイトはほとんど出てきません。研究者はいるようですが、研究が十分に進んでいるとは言い難いと思います。

 

▼江戸時代は仏像彫刻の黄金時代

日本史上、江戸時代ほど仏像が求められた時代はありません。

その大きな要因になったのは、幕府によって整備された檀家制度です。寺院に地域住民の戸籍管理など、役場のような仕事を負わせました。いわば国策の一環として寺院が建立され、仏像もその数だけ制作されたのです。

創価学会などは、いわゆる葬式仏教のルーツであるとして、この制度を批判しています。研究者からも仏教の形骸化を招いたなど批判はあります。一方で、檀家制度ができたことで、仏教が庶民の間に身近になったともいえるでしょう。

世界有数の都市に発展した江戸の街には多くの寺院がつくられました。さらに江戸はたびたび火災で市街地を全焼していますから、再建の都度、仏像の需要が生まれたのです。

江戸時代の仏師は、明治維新前後の廃仏毀釈で失われた名品の数々を見ることができましたし、仏像の修復に従事していた人もたくさんいました。稀にみる恵まれた環境にあったのです。技術力が上がらないほうが、おかしいでしょう。

大量生産の技術が確立され、仏師の数も多かった江戸時代は、仏像彫刻がおとろえるはずがありません。むしろ、仏像彫刻の黄金時代というべきなのです。

 

▼運慶よりも快慶、そして円空は無視

須藤さんによると、江戸時代の仏像は鎌倉時代の仏像をベースに、洗練させた造形が多いそうです。鎌倉仏師といえば運慶が知られますが、大量生産の像に影響を与えたのはむしろ快慶の作風だといいます。

運慶の仏像を見るとわかりますが、仏師というよりはアーティストです。作家としての個性が強すぎるため、受け入れられなかったようです。

また、円空仏は今では江戸時代を代表する仏像と評価されることがあります。しかし、当時はというと、子どもの遊び道具にされたり、祠の隅に置かれるなど、雑な扱いをされていました。円空は正規の仏師ではなく、素人。生み出すものが、人々がイメージする仏像とはかけ離れていたため、手厚く信仰されたものは稀でした。

秋田や青森は北前船で京都や大阪と結ばれ、様々な情報が入ってきていました。ゆえに、人々は都会的で質の高い仏像を求めました。

彼らの信仰心を満たしたのは、大量生産され、かつ洗練された造形の仏像だったのです。

 

▼江戸時代の仏像の評価が必要だ

僕が取材している建築の分野では、江戸時代の評価が少しずつ進んでいます。平成になってから富山県瑞龍寺の伽藍が国宝になったのを皮切りに、知恩院三門、長谷寺本堂、東大寺二月堂など、江戸時代に建立された建築の指定が進んでいます。

一方で、仏像の国宝ゼロは寂しいものがあります。

江戸時代は一揆こそ起こりましたが、国を揺るがす大きな戦乱がなかった時代です。平和を謳歌した人々は、整備された街道を歩いて各地の寺院に参詣に出かけました。

貴族などの特権階級のものだった仏教が庶民に広まっていったのは鎌倉時代ですが、仏教の真の大衆化が進んだのは江戸時代です。名もない仏師たちが造った仏像が、それに大きく貢献しているのです。

文化史的な意義も大きい江戸時代の仏像に、光が当たって欲しいと思っています。

 

見仏記 (角川文庫)

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仏像礼讃 (だいわ文庫)

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グランドセイコーは量販店での販売を止めないと、ラグジュアリーブランド化は永遠に無理

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↑ グランドセイコーは日本人の職人技の粋が集まっている、非常に素晴らしい腕時計なのですが・・・ ※写真の時計は中の人の私物です。

 

歓喜が一転、微妙な心境に

2017年、グランドセイコーの本格的な世界進出と、ラグジュアリーブランド化の発表を聞いた僕は、歓喜しました。

僕はセイコーのファンです。LOVEです。愛してます。ついに日本を代表する時計が世界に進出する、いよいよ世界のグランドセイコーになると喜んだものです。

グランドセイコーが先駆けてブランド化を成功させれば、他の日本のブランドもそれに続くことができ、日本の腕時計産業全体が大いに活性化すると思いました。

ところが、それから2年経ち、僕は微妙な心境になっています。

グランドセイコーを見ていて不思議だなあと思うのは、世界進出してスイスと戦えるブランドになりたい、そのためにもラグジュアリーブランド化を目指すと言っているのに、家電量販店での販売を止めないことです。

 

▼量販店で売られているラグジュアリーブランド?

実は、ロレックスもかつては量販店で正規販売をしていました。栄光時計やホッタなどの問屋は、普通に卸してくれていたのです。

ところが、ここ10年ほどの間に、ロレックスは一層のラグジュアリーブランド化を図るため、それらをすべてバッサリと切ってしまいました

結果、ロレックスは販売実績が低かった地方の時計店からは、ことごとく撤退しています。というか、販売実績が良かった時計店(アイアイイスズ、カミネなど)からも撤退しています。そのため、恨み節が聞こえてきます。

僕もやりすぎだと思いますが、その一方で、非常に潔く、徹底的にやった点は評価できます。これにより、ロレックスの正規店での安売り販売は、事実上解消されました(事実上と書いている理由は…お察しください(爆))。

しかし、グランドセイコーの場合、昨年に田舎の時計店など販売実績の低い店を大量に切ったのですが、その一方で家電量販店、つまり大量仕入れで安売り販売している店は切れないのです。ロレックスと比べると、やり方が中途半端極まりないと思いませんか?

 

▼中古ブランド店やアウトレットでも売っている

グランドセイコーを正規販売しているのは、「ヨドバシカメラ」や「ビックカメラ」などの家電量販店だけではありません。イオンモールなどに入っている「ブランドショップハピネス」などの並行店や、「コメ兵」などの中古ブランドの販売店でも普通に正規品を売っています。

家電量販店では基本的に、レギュラーモデルが20%引きで安売りしています。そのうえ、ポイントもつきます。

さらに、なんとアウトレットモールでも販売しています。しかも、金無垢をアウトレットで売るという、禁じ手に近いことをやっています(僕が佐野プレミアムアウトレットで確認しました)。さらに恐ろしいことに、金無垢が30%引きでした。ブランドの象徴である金無垢をここまで割り引ける感覚は、ある意味凄いです。

いずれにせよ、こうした取り組みがブランド価値の向上に1ミクロンも貢献していないのは、言うまでもないでしょう。

 

▼特別モデルを作っても意味がない

セイコーは、量販店やアウトレットでの販売を止めない代わりに、百貨店や高級時計店向けにしか卸さないモデルをつくって、差別化を図ろうとしています(いわゆるマスターショップ、プレミアムショップ向けのモデル)。

しかし、一般人から見たらどれもグランドセイコーであり、一般店向けモデルと、そうでない特別なモデルの違いなんて、わかりません。

わかるのは時計オタク、さらに言えばセイコーオタクだけです。

したがって、どんなに特別モデルを作っても、ブランド価値の向上には1ミクロンも(以下略)

結局、安く買える時計というポジションは、量販店を切らない限りはいつまで経っても揺らぎません。そこを徹底せずにラグジュアリー化など、永遠に無理だと思います。

 

▼売り上げをとるか、イメージをとるか

セイコーには百貨店や時計店とは別に、量販店専門の営業部署があります。そのくらい、量販店での売り上げが大きいのだと思います。繰り返しますが、本気であれば、この部署を切り捨てるくらいの覚悟が無ければいけません。

しかし、切ってしまえば売り上げが落ちることは、目に見えています。

現在、セイコー売上をとるか、高級ブランドとしてのイメージをとるのかという究極の選択に迫られています。当たり前ですが、ラグジュアリー化のためには、イメージをとるという選択しかないのです。ところが、セイコーの場合、これを両天秤にかけたときに、売り上げという目先の数字を重視する体質を変えることができずにいます。

日本のモノづくりは世界に誇れる素晴らしいものです。それは間違いありません。しかし、ブランド化で失敗しています。それはひとえに、ブランド化戦略において中途半端であること、それに尽きます。

日本でいつまで経ってもルイヴィトンやエルメスのような真のラグジュアリーブランドが育たない、最大の理由であると思っています。グランドセイコーがそうした日本企業の弱みを打破して欲しいと、僕は今でも思っているのですが・・・

 

▼追記

↓ ちなみに、天下のamazon様でもグランドセイコーは買えます。買っていただければ、僕にお金が少し入りますので、ぜひ買ってください(笑)、