かがり美少女の中の人ブログ

かがり美少女イラストコンテスト主催者の山内が、好き勝手なことをつぶやいています。たまに嫌な感じのことを書きますが、ゆるしてニャン☆

見城徹さん、さようなら

俺、なんでこんな人を尊敬していた時期があったんだろう・・・(汗)

なんかもう、呆れるという次元を通り越して、泣けてくる。

ダメな経営者の見本のような人だ。逃げてばかり。屁理屈ばかり。こんな人が出版界で偉そうにしていた(というか、いる)ことに唖然とする。

見城徹さん、さようなら。

せいぜい、あなたを絶賛する信者が発する、上っ面な言葉に酔っていればいいと思いますよ。

雑誌で腕時計の企画を作るのは難しい

▼腕時計に興味のある人とない人

僕はニートであると同時にライターもやっていたりするのですが、主に建築や旅行やサイエンス関係の仕事がメインなので、時計専門の時計ライターではありません。

けれども、趣味が高じて腕時計の企画をいろんな雑誌に持ち込んで、いくつも実現させてきました。「サライ」とか「BE-PAL」とか、「トランヴェール」では、結構時計の記事を書きましたし、あるムック本ではセイコーの小杉修弘さんと久保進一郎さんの対談企画なども書いています。

ただ、いつも思うことですが、腕時計ネタは出版社や企業で、興味のある人とまったくない人の差が大きいです。他の分野の企画を持ち込んだときより、反応が極端だと感じます。

・腕時計に男のロマンや機械としての趣味的な魅力を感じる人。

スマホがあるからオワコンであり、取り上げる価値が無いと考えている人。

この両極端ですね。間があまりいない感じです。趣味的なものとして腕時計に魅力を感じる人以外は、興味を示してくれません。

 

▼興味を持ってくれない人が増えている

ある企業では、ロレックスのデイトナを着けて仕事に行っただけで、「山内君、若い書き手なのにいい時計着けているね! その時計持っているなら稼いでいるだろうし、安心だ。仕事を頼む」と、仕事につながりました。

このように、時計がコミュニケーションツールになることは、意外にあるのです。

よく言われますが、あまり同世代の同業者でそこそこの高級腕時計を着けている人が珍しいので、興味がある人からすれば面白がられるようです。ありがたいことです。

一方で、ある企業(腕時計が必須と世間的には思われている大手企業)では「腕時計なんて若者はつけない」「まわりで高級腕時計なんか買っている人誰もいないよ?」と言われました。

ある出版社では「腕時計を紹介している雑誌なんてほとんどカタログ」「芸能人使ってプロモーションしているだけ」「スマホの時代に腕時計なんて不要、時代遅れだ」と厳しい意見も飛んできました。

腕時計を着けることが社会人のルールだった時代と違い、今は腕時計を着けていない編集者や記者も多いです。興味が無い人とある人、両者の溝はかなり広がっている印象を受けます。

 

▼腕時計を取り上げていない媒体で記事を書く

主に時計ライターの仕事の場と言えば、「THE RAKE」「GOETHE」「LEON」「GQ JAPAN」みたいな富裕層(?)っぽい向けの雑誌や、カード会社の広報誌、ファッション雑誌などでしょう。

広田雅将さんが編集長を務める「Chronos」は時計愛好家をターゲットにした濃い雑誌であり、綿密に取材をしているので、この媒体では私は絶対に書けないと思います。広田さんは相当な知識をお持ちで、凄いです。

ただ、正直、他の媒体であれば僕でも問題なく書けると思います。だって、ほとんど内容がどこも同じというか、某誌の編集者が言ったように「カタログ」なんですよね… メーカーの検閲も入るでしょうから、好き勝手なことが書けない。結果、似たような文章になってしまう。

僕は時計ライターではないこともあり、既存の時計ライターがあまり書いていない媒体と縁があるので、違ったアプローチで記事を書いていきたいと思っています。

今まで腕時計を取り上げてこなかった媒体に記事を書いていかないと、本格的に人々の腕時計離れが加速するでしょう。というか、既にしていますけど…(汗) 

 

▼新しいプロモーションの仕方を考えよう

腕時計の広告と言えば、芸能人やスポーツ選手、経営者、女優などを使った広告を打つのが定番です。「GOETHE」などを見ればわかりますが、芸能人やサッカー選手などを使った広告記事が載っています。ライターの立場から言わせていただくと、企画も楽ですし、執筆も楽な原稿です。ワンパターンだからですね。

こうした既存のプロモーションで、まあ一定数は売れるのでしょう。

しかしながら、現に腕時計を着けない人が多くなってきているのです。僕はサッカー選手を使った既存のプロモーションを否定しません。そうした広告も残しつつ、違う宣伝の仕方も考えなければいけないのではないか、と考えています。

私は過去に、(↓)こんな記事を書きました。

このくらい、新しいプロモーションを考えていかないと、腕時計を買う人と買わない人の意識の差がどんどん開いてしまいます。本格的に考えないと、ヤバイのではないでしょうか?

既存の記事とは異なる視点で時計の魅力を伝える記事を、ニートの立場から細々と頑張って書いていきたいと思っています。企画を実現させるのに四苦八苦していますが、そこも含めて楽しんでいきたいものですね。

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衝撃! グランドセイコーの金無垢は10万円台で買える!

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金無垢の腕時計と言うと、超高級セレブリティゴージャスなイメージがあります。実際、名だたるブランドの金無垢&機械式腕時計となれば、100万円以上が普通です。

しかし、しかし、しかし!!!!

世の中には、中古で20万円以下で買えてしまう金無垢時計があるのです!!

しかも、クオリティが文句なしで高い品物です。

その名はグランドセイコーのクォーツ!!!!

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これが、な、な、な、なんと!!!

 

 

17万8000円!!

 

 

安物のキャリバーをのせている時計ではありません。世界に誇るセイコーの自社開発のクォーツムーブメントです。

発売当時でも45万円ほどしていた品。元値を考えると、超☆超☆超 お買い得!!!

というわけで、バイト代でさっそく買ってみました。

造りは文句なしで良いです!! 時間も狂いません!!

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正直、この造りで10万円台で買えるのは破格です。時計職人に申し訳ないレベルです。

グランドセイコーの現状のブランド力、そして何よりクォーツに対するイメージの弱さゆえ、このお値段なのでしょう。

それにしても、現行のステンレス製クォーツの新品(↓)以下で買えてしまうのは… どうかと思ってしまいました。

グランドセイコーの金無垢、堅実で時間が狂いにくい時計、それでいてちょっとした豪華さを求めている人、20万円以下で買える良い時計を探している方には文句なしでおすすめできます。

僕がおすすめする腕時計はロレックスですが、正規店で品物が枯渇しているうえに、価格が高騰しすぎていて、手を出せません。

というか、最近のグランドセイコーも価格が上がっているし、なんか謎のモデルがいろいろ出ていて、本来の姿じゃない…気がする。

この金無垢グランドセイコーは、いわゆるセイコースタイルに忠実であり、さりげない豪華さを醸し出しています! 

金無垢はいいですよ!!!

 

 

訂正を出さないコピペ疑惑本「日本国紀」と出版界の死

幻冬舎は死んだ

幻冬舎社長の見城徹さんは、コピペ疑惑が持ち上がっている『日本国紀』の回収や、訂正表を出すつもりは、さらさらないようである。

日本国紀

日本国紀

 

本の内容のコピペが発覚した場合、たいていの出版社はそれを絶版にするか、謝罪広告を出すものだ。

勁草書房『「創作子どもポルノ」と子どもの人権』(渡辺真由子著)は回収となり、返金対応となっている。幻冬舎よりも遥かに規模が小さい出版社だが、対応は丁寧だ。

本来であれば、幻冬舎知名度の高い中堅出版社として、他の模範となるべき対応をすべきであったが、その対応は杜撰極まりないものだ。

売って終わり。後のメンテナンスは一切しない。本を単なる消費財としてしか見做していない。読者への裏切りそのものではないか。

幻冬舎がまともな出版社でないことは明白であり、出版社としての体を成していないことがわかる。

 

▼沈黙する出版業界

日本国紀の疑惑は真っ黒と言っていいレベルである。

第5刷、第6刷で、ネット上で指摘されていた箇所をこっそりと修正しているのだから、百田尚樹さんもコピペをしてしまったという自覚はあるらしい。第1刷とまるっきり内容が変わった箇所もある。ここまで直したら、訂正表を出して当然だろう。

ところが、奇妙なことに、出版界やジャーナリズム界は見事に沈黙を守っている。宝島社と毎日新聞社が記事にしたくらいで、あの週刊文春も取り上げる気配が無い。

出版界にとっては、書籍の信頼・信用という根幹を揺るがす、自殺行為であるにもかかわらずだ。

左翼系の情報誌『週刊金曜日』は、日本国紀批判を行った数少ないメディアである。ところが、案の定、識者が感想を並べているだけの内容が薄っぺらいものであった。昨今の左翼界隈の劣化ぶりは凄まじいと感じた。

私は、安倍晋三はダメだという本も、安倍晋三が素晴らしいという本も、両方出版されて然るべきだと考えている。それが言論の自由の本質だからだ。

ただし、コピペだけは、絶対に許されてはならない

繰り返すが、書籍の信用・信頼という、根幹にかかわる問題だからである。

週刊金曜日 2018年12/7号 [雑誌]

週刊金曜日 2018年12/7号 [雑誌]

 

▼見城さんを取り巻く連中の胡散臭さ

見城さんのことを「尊敬しています!」と言っているような方々は、政治家、実業家、芸能界など、いろいろな業界に存在する。しかし、本件について、お友達と言われる方々は見事に沈黙している。

AKB48などのプロデューサーで作詞家でもある秋元康さんなどは、それこそ見城さんを諫めなければいけない立場であるはずだ。自身の歌詞をコピペして発表する作詞家がいたら、秋元さんは確実に訴えるだろう。それと等しいことを幻冬舎がやっているにもかかわらず、彼は何も言わないのだ。

見城さんと一緒に本を出している藤田晋さんも、手放しでこの本を賞賛している。

彼らは見城さんに何か言うのが怖いのだろうか?

見城さんが言うような内臓を擦り合わせる様な付き合いなど、まるで実践していない。要は、うわべだけの付き合いなのだ。

現状、見城さんに誰も本音で語っていない様子を見ると、権力に乗っかりたい連中が集まってきているだけに過ぎないと思える。見城さんの金と権力がなくなれば、離れていくのだろう。

見城さんはよく著書で“孤独”を口にする。ツイッターや755で、いろいろな人と会食している写真を載せている見城さん。きっと、自身の金と権力が無くなれば、みんな離れていくんじゃないかと、どうしようもないくらい不安で仕方ないのではないか。

きっと、孤独なのだろう。

 

▼私は見城さんをリスペクトしていた

私がこういうことを書くのは、何を隠そう、見城さんを物凄くリスペクトして“いた”からである。

少なくとも、現在、見城さんの周りに集まっている胡散臭い連中よりは間違いなくリスペクトしていたし、本の内容に書いてあったことを実践までしている。

かがり美少女イラストコンテスト」も見城さんの本を読んで感銘を受け、スタートした企画だ。例えば、「スティックポスターin羽後町」も、合計32名の作家さんに作品の感想の手紙やメールを丁寧に書くことから始まった。

「美少女イラスト入りあきたこまち」も同様だ。作家に丁寧に、丁寧に手紙を書いた。思いを込めた手紙は、見城さんが作家を口説くときに必ず行ってきたことだ。

結果、私の呼びかけに、一流のイラストレーターの方々が企画に賛同してくださった。当時の地方発の商品ではありえないほど、素晴らしい作品を描き下ろしていただけた。発売の告知を出すと、注文の電話とメールが鳴りまなくなった。

感想をしっかりと相手に伝え、相手の心を動かす手紙を書く。見城さんの本に書かれていたことを忠実にやったに過ぎないが、結果、大ヒット商品となった。確かに、圧倒的努力は報われるのである。

しかし、今の見城さんは私が憧れた人物像とはかけ離れている。権力をもつ政治家にすり寄り、粗製乱造の極みのような本を出している。謝罪から逃げている。最高にダサいおっさんである。日本の企業の悪い部分を寄せ集めたような経営者になってしまった。

 

▼今の見城徹は影武者かAIの試作品

見城さんがツイッターを始めているが、見ないようにしている。私の中の見城徹像が崩壊してしまうからだ。

おそらく、今の見城徹は、見城徹ではない。影武者が仕事をしているのだ。ひょっとすると、見城徹のAIの試作品が代理で仕事をしているのかもしれない。そうでも思わなければ、自分を納得させることができないほど、見城さんの劣化は著しい。

日本国紀の問題を仮に闇に葬ることができても、いつか強烈なしっぺ返しが来るだろう。そんな気がしてならない。

 

▼(追記)幻冬舎の本は私に影響を与え続けている

幻冬舎のことをいろいろと書いたら、知り合いから「山内さん、仕事なくなりますよ!?」と言われた。

大丈夫だ、心配ない。

幻冬舎の仕事をそもそもしていない上に、ライターの仕事がなくなっても大丈夫(というかもうオワコンだと思っているので来年にも撤退するつもりだ)なように、いくつも仕事を並行して手掛けているのだ。無収入になることはあり得ない体制にしてある。

これもまた、幻冬舎から出ているホリエモンの本『多動力』に書いてある内容の実践だ。今を時めく編集者・箕輪厚介さん(この人も『日本国紀』の問題にはダンマリを決め込んでいる)が手掛けた本だ。

私は多動力を実践している。現在、肩書きが5個以上ある。仕事にしていないのも含めると10個くらいあるだろう。どれかが潰れても別にことをやればいい。だから全然心配していないのだ。

多動力 (NewsPicks Book)

多動力 (NewsPicks Book)

 

なんだかんだで、幻冬舎の本は私に影響を与えているのだ。おそらく、幻冬舎の本を絶賛している大半の人より、私の方が本の中身を理解し、実践していると思う。

 

JAうご「美少女あきたこまち」成功の要因と、JA全農あきた「釣りキチ三平」あきたこまちが短命だった理由

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▼ あきたこまちなのに、男子?!

以前、JA全農あきたは、あきたこまちの米袋に「釣りキチ三平」を使っていました。作者の矢口高雄さんが秋田県出身であるためです。

売上が下がっていたあきたこまちの認知度を上げる取り組みとして、全面モデルチェンジを図ったのです。

しかし、明らかにミスマッチでした。

女性の名前が付いた米なのに、なぜ男子なのだ(笑)。企画段階で突っ込む奴は誰もいなかったのでしょうか?

東京駅や新幹線にも巨大な広告を出したりして大々的に宣伝していましたが、売れ行きが芳しくなかったようで短命に終わり、公募で選ばれたこちらのイラストの米袋に交替しました。

僕の印象としては、可も不可もない普通のイラストといったところです。

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▼ 矢口高雄さんから秋田を連想できるか?

僕は矢口高雄さんの漫画はすごく好きなのです。

だからこそ冷静な観点で考えました。

そもそも、秋田県出身者と他県出身者とでは、矢口さんに対するイメージが違います。秋田の人は矢口さんを秋田県を代表する偉大な漫画家と考えています。矢口さんの業績を記念して建てられた横手市増田の「まんが美術館」には、多くの県民がでかけていますから、県外の人の間でも認知度が高いと思っていることでしょう。

しかし、県外の人で、矢口さん=秋田出身と結びつく人がどれだけいるでしょうか?

知っている人って、釣りキチ三平をリアルタイムで読んでいた人か、漫画オタクくらいですよね?

そう、釣りキチ三平あきたこまちは、オタク向けの米袋になってしまっていたです。

2007年、僕は愛知県豊橋市にある愛知大学に通っていたので、ゼミの皆さんに聞いてみました。釣りキチ三平を知っている人はほぼいませんでしたし(知っていても漫画を読んだことはない)、ましてや矢口さん=秋田出身だなんて、全然知られていませんでした(汗)

 

▼美少女あきたこまちは伝統に忠実

大学のゼミで議論を重ねた結果をもとに、僕がプロデュースしたのが、JAうご産「美少女イラスト入りあきたこまち」です。

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釣りキチ三平米袋と違い、誰にでもあきたこまちとわかるデザインをオーダーしました。あきたこまちのイメージに忠実であることが、おわかりいただけると思います。

その後に出た他地域の美少女米袋は、声優さんの声を充てたり、スリーサイズまで設定していたりと、キャラを作り込んでいるけれど、僕に言わせれば凝りすぎです。

JAうごと他地域の美少女米袋の最大の違いは、わかりやすさです。他の地域の米袋は、銘柄が何なのかわからないデザインで、美少女ばかりを前面に押し出しています。JAうごのあきたこまちは銘柄が一目でわかる、極めて保守的かつ、明快なデザインなのです。

市女笠の“小町娘”は、それこそJA全農あきたの長年のPRが功を奏し、全国的に知られていました。過去の財産、優れたイメージを利用したわけです。

伝統を生かすという発想ですね。

当時、このJAうごのあきたこまちを、オタク向けだとか、露骨にアキバ系だとか叩く人がいました。しかし、僕に言わせれば伝統に忠実なのはJAうごのあきたこまちであり、漫画好きしかわからない釣りキチ三平あきたこまちの方が遥かにオタク向けの米袋なのです。

 

町おこしin羽後町―美少女イラストを使ってやってみた

町おこしin羽後町―美少女イラストを使ってやってみた

 

 

スピードと量を重視する出版は現場の疲弊を招く

▼スピードと量を重視する出版

“スピードは熱を生み、量は質を生む”

これは、今を時めく幻冬舎の編集者・箕輪厚介さんの本『死ぬこと以外かすり傷』に収録されている言葉です。

死ぬこと以外かすり傷

死ぬこと以外かすり傷

 

箕輪さんは僕と同い年なのですが、いまもっとも注目され、話題になっている編集者です。その考えには共感する部分も多々あるのですが、出版社がスピードと量を追求すると、現場の疲弊を招くと考えています。

スピードと量を重視している出版社といえば、ライターの間でも有名な某社とか、某社とか、いろいろとあります。

例えば、某社は編集者が膨大な量の仕事を抱え込んでいます。入社1年目の社員が1ヶ月で2~3冊本を作らなければいけないなど、それはもう、とんでもなくヤバい量なので、過去に凄い誤植や無断転載などを盛大にやらかしています。

某社は、レイアウトのために仮で入れておいた「ああああああああああああああああああああ」という字が残ったまま印刷されたりとか、どんだけ突貫スケジュールで作ったんだよ、と突っ込みたくなるようなミスを何度もやらかしています。

すぐに修正対応できるネットと違い、紙に印刷しないといけない書籍はスピードと量には向いていません。それでも、当たればラッキーみたいな感じで、量を出しまくっている出版社は、僕が知っているだけでも結構あります。

そして、いずれも編集者が家に帰れず、サービス残業を強いられるブラック企業と化しているのです。

 

▼ヤバイ仕事をすれば三流ライターでも稼げるが・・・

ところが、僕は三流どころか八流レベルのウンコライターにもかかわらず、ヤバい出版社と複数社取引があるおかげで、同年代のライターよりも稼げている状況にあります。サラリーマンの編集者と違い、フリーランスは仕事を数受ければ、その分稼げるからです。

僕は原稿を書くスピードは爆速ですし、その傍らで複数のプロジェクトを動かしています。「かがり美少女イラストコンテスト」などのイベントも開催しています。いわば、箕輪さんが編集したホリエモンの著書『多動力』の思想を実践している立場です。

金を稼ぐにはスピードと量を重視すればよい。これは正論です。

多動力 (NewsPicks Book)

多動力 (NewsPicks Book)

 

もう最近は体力落ちたのでやりませんけど、「明日、校了なのですが・・・ライターが逃げたので、原稿を20ページ分上げていただけますか?」とか、そういうむっちゃくちゃな依頼はザラでした。120ページ分のムック本を編集者と2人で、5日で作ったこともあります。

箕輪さんの編集室に所属するライターよりも、僕の方がスキルが高いと自負しています(笑)。

 

▼時間が無いと必然的にwikipediaに頼る

さて、この手の無茶なスケジュールで本を作る場合、中小出版社だと取材費が出ないことが多いです。費用をケチって数をたくさん作ろうとするわけですから、当然ですよね。

さらに、スピードを要求されますから、取材している時間はおろか、図書館に行って本を探している時間すらありません。必然的にネット上の資料に頼ることになってしまうのです。

こういう時に一番便利なのはwikipediaです。僕のところにも、「wikipediaを参考にして記事をまとめて欲しい」という依頼が、これまで膨大な量、来ました(笑)。

「ネットの文章を引用して本を作っていいのか」「なんといい加減な・・・」と、読書家の方は嘆くかもしれません。

ところが、前の記事にも書きましたが、今やwikipediaの記述は幻冬舎見城徹社長も太鼓判を押すほど質が高くなっています。繋ぎ合わせるだけでそれなりの本ができてしまうのです。

 

▼『日本国紀』のコピペ問題は起きるべくして起きた

幻冬舎の『日本国紀』のコピペ問題がじわじわと話題になっています。

日本国紀

日本国紀

 

おそらく、この本も相当きつきつのスケジュールで制作されたものと思われます。

百田尚樹さんがすべてを書いているとは思えませんので、おそらく何人かのゴーストライターがコンテンツを分担してまとめあげ、最後に百田さんが味付けするという手法で作られたのでしょう(あくまでも僕の憶測です)。

この丸写しレベルの引用を見る限り、担当したゴーストライターの能力は非常に低いです。日本史の教養はゼロと言っていい。ネット上に落ちている情報を引用する作業しかできない、そんなレベルの方々によって作られた本といえます。

質の高い仕事ができるライターが集まらなかったのでしょう。給料はびっくりするレベルに安かったと思われますし、作業時間も十分に与えられていなかったはずです。

楽して作業しようと考えると、wikipediaに頼るしかなくなります。スピードと量で仕事をしようとすると、肝心なところが雑になってしまう。これは昨今のブラック企業の問題にも共通することです。まさに、起きるべくして起きた問題といえるでしょう。

 

▼みんながみんな、できるわけではない

僕は箕輪厚介さんやホリエモンの言うことに、強く共感しています。そもそも、ホリエモンの著書『稼ぐが勝ち』に書いてある内容は、今でも僕の考えの基礎になっています。箕輪さんが言うスピードと量は、自分の仕事にとって欠かせないことなのです。

さっきと言っていることが矛盾しているじゃないかと思われるかもしれません。僕が言いたいのは“僕個人は共感できるということです。こうした考えを一般化しようとは思いません。

僕は幸いにもそこそこの多動力があるようですが、多くの人は同様に動くことはできないでしょう。こういうスキルは練習しても身につくことではありませんから、他者に押し付けるべきではありません。したがって、僕は自分の友人に同じようにやれとは一切言わないのです。

ところが、自分ができるからと言って、部下に同じようなスキルを求めたり、無茶な仕事を押し付ける偉い人がたくさんいます。某社とか某社などですね。ワンマンなトップは、末端の平社員にまで体育会系的な思想を押し付けてしまいます。ブラック企業はほとんどそのパターンで生まれると言っていいでしょう。

 

▼時間をかけて質の高い本を作るべき

繰り返しますが、出版において、スピードと量は確実に現場の疲弊を招きます。

出版不況が叫ばれています。速報性ではネットにどうあがいても出版は勝てませんから、棲み分けが必要です。今の時代、出版に求められるのは、時間をかけて、ネットにはない内容の濃い本を作ることではないでしょうか。 

もっとも、箕輪さんなら「短時間でも質が高い本はできる」と言うかもしれませんし、見城社長なら「売れる本が正義だ」と主張すると思いますが・・・

 

町おこしin羽後町―美少女イラストを使ってやってみた

町おこしin羽後町―美少女イラストを使ってやってみた

 

 

コンテンツツーリズムは、地域の頑張りよりもアニメが流行ることの方が重要

▼コンテンツツーリズムは地域活性化の秘策なのか?

近年、コンテンツツーリズムというものが流行りだそうです。

僕のところにも地方のお偉いさんから、「アニメを使えば町おこしになるって本当?」「オタクはお金を落としてくれるってマジ?!」という相談が、一時期ありました。

僕は、アニメを活用した地域おこしには疑問を持っています。結局、大企業から発信される文化に依存してるし、地域の頑張り以上に、アニメがヒットすることが成功のカギを握っているからです

現在はアニメの作品数が多く、飽きられるのも早い。聖地化されるのも早いけれど、衰退していくのも早い(※注)と考えています。ゆえに、作品への深い愛を持つ人物がいなければ、継続は難しいでしょう。

結論としては、別にコンテンツツーリズムを検討してもいいとは思いますが、地域活性化の魔法のようになると考えるのはよろしくない。次々に新しい企画を打ち出していかないと、想像以上に飽きられるのは早いので、通常の地域活性化プロジェクトより難しいと思います。

 

▼多くの聖地巡礼者を集める地域の共通点

コンテンツツーリズムを語るうえで、よく聖地といわれる場所が以下の通りです。

・「らき☆すた」の鷲宮

・「ガールズ&パンツァー」の大洗

・「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」の秩父

・「ラブライブ!サンシャイン!!」の沼津

共通点は、全部、アニメがめちゃくちゃヒットしていることです。

この手の企画の場合、きまって地域の商店街とか仕掛け人の頑張りがクローズアップされます。しかし、鷲宮も、大洗も、秩父も、沼津も、アニメがヒットしていなかったら、ここまで話題にはなっていないでしょう。商店街の店主の人情や特産品だけで集客できただろうかと考えると、甚だ疑問です。

 

▼アニメが流行らずして、盛り上がった地域は無い

コンテンツツーリズムはアニメありきであり、アニメと一心同体の関係にあります。まずは、とにかくアニメがヒットしてくれないことには始まらないのです。アニメが流行らずして聖地ばかりが盛り上がった例なんて、ありません。

アニメの舞台になれば、地域活性化になりますよと喧伝しているコンサル会社があるようです。しかし、アニメの舞台になり、なおかつそのアニメがヒットしないと地域活性化には繋がらないのです。そのへんを、地域の方々は理解しないといけません。

千葉県鴨川市某アニメで舞台になったにもかかわらず、いまひとつ盛り上がらなかったのは、単純にアニメが面白くな(以下略)・・・であったことが要因だと思います。NHKクローズアップ現代」の聖地巡礼特集で「ここにバーンと絵を描いちゃえばいいんだよ」の発言が取り上げられたことだけが要因ではないのです。

来てくれるだけの作品のファンがいなければ、聖地は盛り上がらない。したがって、アニメ会社や広告代理店の頑張りこそがもっとも重要であると考えています。もし、自治体が新しい聖地を作りたいのであれば、こうした企業との緊密な連携こそが不可欠なのです。

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※注

埼玉県久喜市鷲宮は稀有な例です。「らき☆すた」が終わった後も、アニメを受け入れる場として比較的認知度が高いためです。増加はしていないと思いますが、一定数のファンが定着して、定期的に訪れているのです。

大河ドラマの放映後に一気に観光客減に悩んでいる地域などは、見習うべきといえるでしょう。

 

町おこしin羽後町―美少女イラストを使ってやってみた

町おこしin羽後町―美少女イラストを使ってやってみた